うたあんどん
歌行灯
- 読了時間
- 約1時間12分
- 文字数
- 35,615字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 霜月の月夜、膝栗毛をなぞって旅をする二人の老人が桑名に着き、川口の旅籠屋の湊屋へ向かう。
- 同じ夜、博多節を流す門附の男が饂飩屋で酒をあおる。外から聞こえる按摩の笛の音にひどく怯える。
- 湊屋に呼ばれた芸者のお三重は、芸ができないと泣く。けれども舞の真似が一つだけできると打ち明ける。
登場人物
- 弥次郎兵衛
- 『膝栗毛』の弥次郎兵衛を気取って旅をする、六十二三の老人である。
- 捻平
- 弥次郎兵衛の道づれで、風呂敷包みを首に掛けたまま旅をする老人である。
- 門附
- 桑名の饂飩屋に入ってきた二十八九の流しの芸人で、博多節を唄う。
- お三重
- 山田から桑名の島屋に移ってきた若い芸者で、三味線も踊りもできないと泣く。
- お千
- 湊屋の年増の女中で、お三重をかばって座敷を取り持つ。
- 宗山
- 古市の按摩で、謡の上手として伊勢で名を知られていた男である。
読みどころ
芸に生きる者の誇りと、その誇りが一人の人を死なせたあとの償いが、この作品の中心にある。旅籠屋の座敷と饂飩屋の土間で、同じ夜にそれぞれの話が進む。離れた二つの場所が、最後には謡と鼓の音で一つにつながっていく。
物語は湊屋と饂飩屋を交互に描きながら進む。町には按摩の笛が何度も響き、門附はそのたびに身をすくめる。門附が「ああ、霜に響く。」とつぶやく場面のように、音の描き方に注目して読みたい。前半は、二人の老人が『膝栗毛』をまねて掛け合う軽い調子で始まる。その明るさが、後半に語られる過去の重さを際立たせる。
泉鏡花の中編で、能の家に生まれた者たちを描いている。明治四十三年に『新小説』で発表された。漢語と古い言い回しの多い文章だが、声に出すつもりで読むとリズムがつかみやすい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
門附は按摩に背を揉ませながら、三年前の出来事を語る。叔父の供で伊勢に来たとき、古市の按摩宗山が謡の名人として高慢にふるまっていると聞いた。門附は宗山の家に乗り込み、膝で拍子を打って宗山の謡を崩してしまう。その夜、宗山は鼓ヶ嶽の裾の雑樹に下がって死んだ。叔父の恩地源三郎は甥に謡を禁じて勘当する。門附はその甥の恩地喜多八で、以来、門附として各地をさすらってきた。
湊屋では、お三重が鳥羽の廓で受けたむごい仕打ちを語る。古市の新町で流しの門附に出会い、鼓ヶ嶽の裾の林で舞を教わったことも話す。門附は、お三重とは敵のような間柄だとも話していた。捻平の正体は小鼓の名人辺見雪叟で、弥次郎兵衛は恩地源三郎だった。二人は侯爵の催しで能を勤めた帰り道にいた。源三郎は舞に甥の面影を見て、お三重を嫁と呼ぶ。雪叟の鼓に合わせて、お三重は改めて舞う。
饂飩屋で鼓の音を聞いた喜多八は血を吐く。それから按摩の手を取って湊屋の門まで行く。源三郎の地謡が途切れかけたとき、門口から喜多八の声が加わった。喜多八は軒の蔭で謡い終えると「背を貸せ、宗山。」と言う。そして足もとにうずくまる影に腰を下ろした。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日