うきぐも
浮雲
- 読了時間
- 約7時間37分
- 文字数
- 228,362字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字旧仮名
初出: 「風雪」1949(昭和24)年11月~1950(昭和25)年8月<br>「文学界」1950(昭和25)年9月~1951(昭和26)年4月
三行でいうと
- 敗戦後の冬、幸田ゆき子は仏印から敦賀へ引き揚げる。ダラットで愛しあった富岡に会うため、東京へ向かう。
- 富岡は妻と別れるという約束を果たさず、ゆき子は闇の暮らしへ流れていく。それでも二人は会うのをやめられない。
- 死に場所を求めた伊香保の旅で、富岡は酒場の女おせいに惹かれる。二人の縁はさらにもつれていく。
登場人物
- 幸田ゆき子
- 農林省のタイピストとして仏印のダラットへ渡り、戦後に引き揚げてくる女。
- 富岡兼吾
- ダラットの山林事務所にいた農林省の技師で、内地に妻がいる。
- 加野久次郎
- 富岡の後輩の山林官で、ダラットでゆき子に思いを寄せ、彼女の腕に傷を負わせる。
- 伊庭杉夫
- ゆき子が東京で寄宿した親類の家の主で、娘時代の彼女と関係を持っていた。
- おせい
- 伊香保で酒場を営む男と暮らす若い女。
- 向井清吉
- 伊香保の酒場の亭主で、おせいの夫。
- 邦子
- 富岡の妻で、もとは別の男の妻だった。
- ニウ
- ダラットの事務所で働く安南人の女中で、富岡の子をみごもる。
読みどころ
戦争中の仏印の高原で、男と女は激しく愛しあった。敗戦後の焼け跡の東京で、その恋は少しも同じ形を保てない。ゆき子は南の国での日々にすがり続け、富岡はそこから逃げようとしてもがく。それでも二人は離れられない。人はなぜ過ぎた夢から抜け出せないのか。この問いが長い物語の底を流れている。
作中で二人が口ずさむ安南の流行り唄に、「あなたの恋も、わたしの恋も、はじめの日だけは、真実だつた。」という一節がある。ダラットの湖や森林の鮮やかな描写と、池袋の物置小屋や闇市の荒れた景色を読み比べたい。語りはゆき子と富岡のあいだを行き来し、相手には言わない本音や打算まで隠さず書いていく。どちらにも寄り添いきらない冷めた目が、この小説の読みごたえになっている。
『浮雲』は林芙美子が晩年に書いた長編で、作中には昭和二十四年から二十六年にかけて書かれたと記されている。『放浪記』で知られる作家が、敗戦で行き場をなくした人々の姿を描いた。引き揚げ、闇市、新興宗教など、戦後の世相の手触りも細かく書き込まれている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
伊香保で二人は死ななかった。富岡はおせいと関係を持ち、東京へ戻る。やがておせいは夫を捨てて上京し、富岡と暮らし始める。ゆき子は富岡の子を身ごもっていたが、二人の住む部屋を訪ねて同棲を知る。伊庭に費用を出してもらい、子をおろす。退院の日、ゆき子は新聞でおせいの死を知る。おせいは元の夫の向井清吉に絞め殺されていた。加野も病で亡くなる。
ゆき子は伊庭が会計を務める新興宗教「大日向教」で働き、伊庭とのよりも戻る。富岡の妻の邦子が亡くなり、富岡は葬式の金を借りにゆき子を訪ねてくる。ゆき子は教団の金庫から六十万円を持ち出して家を出る。伊豆の長岡の宿に富岡を呼び出すが、富岡は屋久島の営林署に勤めが決まったと告げ、別れを口にする。それでもゆき子は離れず、二人で屋久島へ渡る。
ゆき子は鹿児島で寝込み、雨の降り続く屋久島の官舎で療養する。富岡が山の斫伐所へ出かけたあいだに血を吐き、彼の帰りを待たずに亡くなる。富岡はその夜、一人で泣く。一月後に鹿児島へ出た富岡は、どこかで消えていく浮雲に自分を重ねる。物語はそこで終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日