しろのあるまちにて
城のある町にて
- 読了時間
- 約36分
- 文字数
- 17,681字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「青空」青空社、1925(大正14)年2月号
三行でいうと
- 幼い妹を亡くした峻は、その死を落ちついて考えたくて、城跡のある町の姉の家へやって来る。
- 城跡から町並みと遠い入江を眺め、蝉や子供たちを見つめるうちに、峻の心は静かに燃えはじめる。
- 姉の一家と手品を見に出かけ、姉の病や勝子の強がりにふれながら、夏の終わりが近づいてゆく。
登場人物
- 峻
- 妹を亡くし、五七日を出ない頃に家を出て姉の家へ来た若者で、以前に肺を悪くしたことがある。
- 姉
- 峻の姉で、この土地の家に嫁いでおり、勝子の母である。
- 義兄
- 姉の夫で、姉の熱のグラフを二時間おきほどの正確さで造ろうとする人である。
- 信子
- 義兄の妹で、市の学校の寄宿舎から帰っており、学校の植物の標本を造っている。
- 勝子
- 姉夫婦の娘で、我が儘なところがあり、よその子と遊ぶときもいい子にならない。
- 義母
- 義兄の母で、信子の指の傷のために天理教様に拝んでもらえと勧める。
- お祖母さん
- 義兄の祖母で、北牟婁の家で勝子を連れて川へ茶碗を漬けに行った。
読みどころ
この作品では大きな事件はほとんど起きない。妹を亡くした峻が城跡から町を眺め、姉の一家と夏を過ごすだけである。それでも一つ一つの眺めに、失ったものと生きているものへの思いがにじむ。取り立てて変わったところのない入江に、なぜこれほど心が惹かれるのか。峻自身にも答えの出ないこの問いが、作品の中心にある。
読むときは、ものを見る目の細かさに注目したい。つくつく法師の鳴き声を文法の語尾の変化になぞらえる場面がある。軽便の煙が形を固めたまま走って見える描写もある。家族の会話は土地の言葉のまま書かれ、勝子と峻の言葉遊びには思わず頬がゆるむ。ひとりで眺める静けさと、家族のにぎやかさが交互に来る組み立ても味わいどころだ。
梶井基次郎は短い生涯のうちに、鋭い感覚で書いた短編を残した作家である。本作は代表作『檸檬』と同じ1925年に、同人誌『青空』に発表された。題名どおり町と城跡の眺めが舞台の大半を占め、筋よりも眺めと心の動きを読む作品になっている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
姉が脾腹の痛みと高い熱で寝込み、医者はチブスを疑う。やがて腎臓の故障だったと分かる。枕元で義兄は北牟婁にいた頃の話をする。心臓脚気で寝ていた義兄は、お祖母さんの変な声を聞いて飛び起きた。川を流れてゆく勝子を追って水に跳び込み、橋の下を潜って助け上げた。勝子はけろりと気がついて踊り出した。お祖母さんはそれからぼけたようになり、姉に済まないと言い続け、一年ほど経って死んだ。峻はその運命を惨酷に感じる。
曇った日、峻は窓から、原っぱで男の児に何度も地面へ叩きつけられる勝子を見る。その夜、勝子は掌に立てた棘を抜かれるのを嫌がって激しく泣く。峻はその泣声を、昼間の痩我慢が破裂したものかと思い、悲しく聞く。城の崖の蔭で見つけた井戸で女の人たちが洗濯をする眺めに、峻は少年の頃の教科書の世界を思い出す。そこに自分の営むべき生活が示唆されたような気がする。一方で眠れない夜が続き、妙な昂奮と疲れが交互に来る。
八月の終わり、信子は翌朝、市の寄宿舎へ帰ることになる。義母が乳母車に行李を乗せ、勝子も連れて停車場まで送る。峻はその明け方の出発を思い浮かべ、心が清く洗われるのを感じる。その夜も眠れずにいると夕立が来る。峻は雨戸を繰って閾に腰をかけ、雨で足を冷やす。物干竿には信子のゆかたが雨に濡れたままかかっている。峻はまだ熱い額を感じながら、城を越えてもう一つ夕立が来るのを待っている。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日