ふゆのひ
冬の日
- 読了時間
- 約23分
- 文字数
- 11,022字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「青空」青空社、1927(昭和2)年2月号、4月号
三行でいうと
- 冬至の近いころ、肺を病む堯は間借りの二階から、葉を落とす木々と早く消える冬の日を毎日眺めている。
- 母からの手紙は、妹の延子を亡くした父の衰えと息子への心配を伝える。堯は眠れない母を思って夜を過ごす。
- 晴れた朝の散歩、銀座の人込み、夕暮れの坂道。町へ出るたびに、堯は重い疲れを抱えて部屋へ帰って来る。
登場人物
- 堯
- 肺を病み、坂の多い町で間借り暮らしをしている学生で、生きる熱意をなくしかけている。
- 母
- 郷里から手紙を書き、堯の身体を案じて夜中に目が覚めると書いてくる。
- 延子
- 堯の妹で、腰椎カリエスで死んだ。
- 折田
- 堯の友達で、休暇で郷里へ帰る前に堯の部屋を訪ねて来る。
- 津枝
- 母の先生の子息で、大学を出て医者をしている。堯はかつて兄のように慕っていた。
読みどころ
病が死を約束している身で、人は冬の日々をどう過ごすのか。この作品はその問いを、筋よりも風景で描く。堯はもう生きる熱意を感じていない。それでも窓の外の光と影からは目を離せない。消えてゆく日差しを見送るたびに、悔恨といらだたしさが胸に拡がる。その揺れが作品の中心にある。
注目したいのは光の書き方である。低地を距てた洋館に映る蒼桐の影、日溜りの虻、霰の音が細かく書かれている。銀座では「何をしに自分は来たのだ」という言葉が何度もくり返される。夜ごと母に向けて呟く「おやすみなさい、お母さん」も、二度くり返される。終盤に堯は「あああ大きな落日が見たい」と言って町をさまよう。どこで心が明るみ、どこで翳るのか。その動きを追いながら読むとよい。
梶井基次郎は自らも肺結核を患い、31歳で亡くなった。この作品は1927年に同人誌『青空』に発表され、のちに作品集『檸檬』に収められた。短い言葉で病と死を見つめた作家の、冬の一篇である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
冬至が過ぎたある日、堯は冬の外套を出しに、以前住んでいた町の質店へ行く。外套はすでに流れていた。帰りの電車では洋傘をなくし、その朝路ばたに吐いた赤いものがまだ残っているのを見る。夕方の発熱のなかで、愛するものを次々に失ってきた母を思い、堯は静かに泣く。
その夜、友達の折田が訪ねて来る。折田は壁の星座表を下ろして目盛を動かし、学校の講堂の焼跡を壊す様子を話す。堯は自分の茶碗で茶を飲む折田に、肺病の茶碗を使って平気なのかと言ってしまう。正月も郷里へ帰らないと話す堯に、折田は転地を勧める。帰りぎわに、折田は乗車割引券を二枚置いていく。
母からは、正月に上京する津枝に見舞ってもらうという手紙と春着が届く。堯は息を切らしながら、大きな落日を見ようと遠くまで見晴らせる場所を捜して歩く。けれどもどこへ行っても屋根や梢が日をさえぎり、燃えていた雲はやがて灰の色になる。重い疲れのなか、知らない町の町角で、堯の心はもう明るくならなかった。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日