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せきべつ

惜別

太宰治

読了時間
約3時間4分
文字数
91,646字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

三行でいうと

  1. 東北の村で開業する老医師が、仙台医専の同級生だった周樹人と恩師藤野先生の思い出を手記に書く。
  2. 明治三十七年の秋、松島で清国留学生の周さんと出会って親しくなる。藤野先生は周さんのノオトを毎週直していた。
  3. 日露戦争の勝利と東京の熱気にふれた周さんは、医学で国を救う志に迷い、しだいに文芸へ心を寄せていく。

登場人物

田中卓
東北の小さな城下町の中学から仙台医専に入った新入生で、四十年後にこの手記を書く老医師である。
周樹人
浙江省紹興生まれの清国留学生で、支那の杉田玄白になろうと仙台医専に入り、後に魯迅となる。
藤野厳九郎
関西訛りのある解剖学の先生で、周さんのノオトに毎週朱筆を入れて返している。
津田憲治
東京の府立一中出身の同級生で、周さんを自分の下宿に引越させて何かと世話を焼く。
矢島
仙台の大金持の息子で、二学年でクラス会の幹事になった同級生である。

読みどころ

異国から来た青年と、田舎から出てきた医学生と、二人を見守る教師の交わりを、老医師が四十年後に振り返る話である。正月の新聞に載った美談では、周さんも藤野先生も自分の覚えている姿とまるで違っていた。それが語り手に筆を執らせる。後に文豪となる人が、なぜ医学を離れたのか。語り手は世間に広まった説明に納得せず、自分が見た周さんの迷いをそのまま書き残そうとする。

最初の出会いの場面が楽しい。松島の山の上で、語り手は調子はずれの唱歌を耳にし、歌の主を探して歩く。語り手は自分の田舎訛りを恥じていて、周さんの前でだけは気軽にしゃべれる。藤野先生も関西訛りを隠そうとしている。言葉に不自由な三人が少しずつ近づいていく。研究室で語り手が周さんのために泣き出す場面も読みどころだ。周さんの長い独白が何度も挟まり、熱を帯びた語りは、作中の別の夜には暗くなる。その変化を追うと、一人の青年の揺れが見えてくる。

太宰治が魯迅の仙台時代を題材にした長編である。あとがきによれば、内閣情報局と文学報国会の依嘱で書かれた。日露戦争のころの仙台の街のにぎわいや、当時の学生の様子が細かく描かれている。末尾には魯迅自身の随筆『藤野先生』の訳文が添えられていて、手記と読み比べることができる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

二学年の秋、周さんのもとに匿名の手紙が届く。藤野先生から試験問題を漏らしてもらったと責める内容で、ノオトの朱筆を証拠に挙げていた。私が藤野先生に知らせると、先生は幹事の矢島に書いた者を捜すよう頼む。矢島は泣いて自分が書いたと認め、周さんの下宿へあやまりに行き、それからは周さんの世話を焼くようになる。

その少し後の大雪の夜、周さんは教会の帰りに私の下宿を訪ねる。医学で国を救う考えは捨てたと言い、民衆の初歩教育に心が移ったと長く語って、雪の中へ帰っていく。正月ごろの周さんの机には文芸書が積まれていた。弟の作人と組んで、圧迫された民族の文芸を訳したいと話す。藤野先生は周さんの元気のなさを気にかけ、私に何度も様子を尋ねる。

二学年の終わり、黴菌学の時間に戦争の幻燈が映される。露西亜の軍事探偵として処刑される支那人と、それをぼんやり見物する同胞の姿が出ると、周さんは教室を抜け出す。追ってきた私に、校庭の山桜の下で、医学をやめて帰国し文芸運動を起こすと告げる。出す雑誌の名を尋ねると「新生」と答えた。私の下宿で小さな送別会が開かれ、津田が真っ先に泣いた。手記のあとに太宰治が魯迅の随筆『藤野先生』の一節を引く。仙台を去る前、先生は惜別と裏に書いた写真を周さんに渡した。周さんはその後、先生に一通の手紙も出さなかったと記されている。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日