せいにめざめるころ
性に眼覚める頃
- 読了時間
- 約1時間20分
- 文字数
- 39,544字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 十七歳の私は学校をやめ、茶を好む老いた父と犀川のほとりの寺で暮らしながら詩を書いている。
- 賽銭箱を開けて金を盗む美しい娘を節穴から見つけ、私は誰にも告げずに父の金で穴を埋めはじめる。
- 女の扱いに長けた詩の友の表と親しくなるが、表は掛茶屋のお玉さんと付き合ったまま病に倒れる。
登場人物
- 私
- 十七歳。学校をやめて寺の奥の院にこもり、詩を書いて『新声』に投稿している。
- 父
- 七十に近い寺の僧。茶と燈明を好み、私に小言一つ言わない。
- 表悼影
- 私と同じ十七歳の詩の友で、娘たちに大胆に近づく一方、優しい友愛ももっている。
- お玉さん
- 公園の掛茶屋の十七歳の娘で、表と深く付き合っている。
- K・K氏
- 『新声』の詩の選者で、私の詩を採り、励ましの手紙をくれる。
読みどころ
十七歳の少年が、女性への欲望と自分の後ろめたさに初めて向き合う物語だ。賽銭を盗む娘の白い手を見つめるうちに、私は美しさと罪の両方に惹かれていく。娘をかばう嘘を重ね、自分も盗みに手を染めていく。その心の動きが、少しもごまかさずに書かれている。
注目したいのは、記帳場の戸板の節穴から娘の盗みをのぞく場面だ。指の一本一本や息づかいまでが細かく描かれ、読む側も息を詰めることになる。その一方で、父が茶を立てて燈明をともす寺の暮らしは静かに流れていく。父の静けさと私の胸のざわめきの差に目を向けると、少年の孤独がよく見えてくる。表とのやりとりも読みどころで、大胆な女たらしの表が見せる弱さと優しさが心に残る。
室生犀星が金沢で過ごした少年時代をもとにした自伝的な小説である。1919年に『中央公論』に発表され、小説家としての出発点になった。詩人として知られる作家らしく、犀川の瀬の音や霰の降る音といった風景の描写にも注意して読みたい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
私は「田中様に」と宛てた手紙を賽銭箱に入れておき、娘はそれを読むと寺から駆け出していく。娘はそれきり来なくなる。私は寂しさに耐えられず、お留守組町の娘の家を何度も見に行く。ある日、私は玄関に忍び込んで紅い緒の雪駄を片方盗む。だが恐ろしくなり、一時間ほど後にそっと戻しておく。父の金箪笥には、手紙を入れた日から手をふれなくなっている。
表は肺を病んで床につき、お玉さんへの伝言を私に頼む。お玉さんは、一度逢わせてほしいと私に頼み込む。父は表のために経をあげるが、途中で燈明が消えたので難しいと告げる。表は、自分の分まで二人分働いてくれと私に言い残す。秋も半ばを過ぎて表は死に、葬いの日、お玉さんは人込みの中でひとり棺を見送る。
私はお玉さんを訪ね、近ごろ変な咳をすると聞いて、表との仲を思い妬みと不安に揺れる。十一月、私は廓町へ行き、寺の境内で見かけていた背の高い女を座敷に呼ぶ。だが震えが止まらず、早々に寺へ帰ってしまう。冬の初め、公園の茶店を訪ねると、お玉さんは表と同じ病で寝ているとその母親に告げられる。私は彼女の「わたしこのごろ死ぬような気がしますの。」の言葉を思い出しながら、公園の坂を下りていく。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日