あるしょうじょのしまで
或る少女の死まで
- 読了時間
- 約1時間25分
- 文字数
- 42,233字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 駒込に下宿する若い詩人の私は、根津の酒場で起きた喧嘩に加わり、翌朝に刑事が来て警察署へ連れて行かれる。
- 事件のあと私は谷中の離れへ越し、同じ家に住む九つの少女ふじ子と親しくなって、少しずつ心を落ちつけてゆく。
- 刑事や借金取りの訪問に疲れた私は故郷へ帰ることを決め、ふじ子の一家と別れの晩の食卓を囲む。
登場人物
- 私
- 詩を書いて暮らす貧しい若者で、根津の酒場の喧嘩に加わったために警察と裁判所に呼ばれる。
- S酒場の少女
- S酒場で酌をしている十二、三の痩せた女の子で、おかみに叱られてもいつも穏やかに微笑んでいる。
- O
- 私の十年来の友で、脚気で足が悪く、喧嘩の晩に使われた杖の持ち主である。
- H
- 絵を描く友人で、喧嘩の最中にいなくなる。
- S
- 貧しい画家の友人で、ふじ子の肖像を描き、私の借金を自分の羽織を金に換えて払う。
- ふじ子
- 谷中の家に住む九つの少女で、鹿児島の生まれである。私からボンタンと呼ばれている。
- 敬宗
- ふじ子の六つになる弟。
読みどころ
酒に酔って喧嘩をした若者が、汚れた自分を二人の少女の前で恥じる。この小説はその気持ちを丁寧に追ってゆく。酒場で酌をする少女は、叱られても微笑みを絶やさない。下宿で知り合ったふじ子は、明るい目で何でも尋ねてくる。私は警察の暗い部屋で蚊に刺され、裁判所の控所で人いきれにまみれる。そのたびに、二人の澄んだ目に洗われるような思いをする。
喧嘩の翌朝の場面から読むとよい。刑事と並んで歩く町には朝日が差し、ひまわりがゆれ、表を掃く若い妻の腕が白く見える。眺めが明るいほど、連れられてゆく私の心の暗さが際立つ。後半ではふじ子を連れて上野の動物園を歩く。鶴の親子や白熊、お辞儀ばかりする熊を見ながら、二人が交わす会話にも注目したい。私が象や猿をすすめても、ふじ子ははっきり嫌いだと言う。動物園からの帰り道には、少女が先々の約束を楽しそうに口にする。
室生犀星はこの作品を『幼年時代』『性に眼覚める頃』に続けて書き、三作で自分の若い日を描いた。この作品は東京で詩人を志して食うや食わずの暮らしを送った時期にあたる。友人たちと貧しさを分け合う場面も多い。喧嘩のあとの晩、私の頭に「人はみな自分の内によくないものを持っている」という言葉が浮かぶ。そこから自分を責めてゆく語り口が、作品全体を貫いている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
警察署で私は、自分が殴ったのかもしれないと答える。部長は笑って示談を勧め、私たちを帰す。相手の男は治療代に二十円を求め、O、Hと金をまとめて渡すと受取を書いた。私は越したため呼出状が届かず、あとから芝の区裁判所へ出向いて検事の説諭を受ける。
ある晩、私はSとS酒場を訪ねる。あの少女はもう三週間寝ていて、医者がむずかしいと言っていると聞かされる。二人は勘定とは別に金を置き、少女の好きなものを買ってやってほしいと頼んで帰った。そのあと駒込署の刑事が下宿に来て、発売禁止になった詩や酒場の件を尋ねてゆく。疲れきった私は故郷へ帰ることにした。出発の晩、ふじ子の母親が食事に招き、車が動き出すとふじ子は母親の帯に顔を押しつけて泣いた。
明治四十四年十月三日に私は東京を発つ。十二月、ふじ子の父から手紙が届き、ふじ子が腸の病で亡くなったことを知る。ふじ子はいつも「髪の長いおじさん」の話をしていたと書かれていた。私は涙を流し、自分を救ってくれた小さな魂に合掌する。最後に、そのころ雑誌に書いた悼詩が置かれている。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日