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さかいじけん

堺事件

森鷗外

読了時間
約34分
文字数
16,957字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「新小説」1914(大正3)年2月

三行でいうと

  1. 明治元年、堺の取り締まりを任された土佐藩の兵が、上陸したフランス水兵を撃ち、十三人を死なせる。
  2. フランス公使の要求で土佐藩の二十人を死刑にすることが決まり、兵卒は稲荷社の籤引で生死を分ける。
  3. 選ばれた者たちは死刑の罪名を問い、切腹を許される。外国公使も立ち会う妙国寺で、刑が始まる。

登場人物

箕浦猪之吉
六番歩兵隊の隊長で、詩歌を好み、草書を立派に書いた。
西村左平次
八番歩兵隊の隊長で、温厚な人である。
梅吉
隊旗を持つ鳶頭で、隊旗を奪った水兵を鳶口で打ち倒す。
杉紀平太
堺の軍監府にいる土佐藩の大目附である。
小南五郎右衛門
土佐藩の大目附で、籤引や切腹の沙汰を兵卒に伝える。
竹内民五郎
八番隊の兵卒で、重役の前で一同に代わって罪名を問う。
土居八之助
八番隊の兵卒で、酔って眠る仲間を起こし、死に方を考えさせる。
橋詰愛平
六番隊の兵卒で、籤で死ぬ側に当たる。

読みどころ

上官の号令で撃った兵卒は、罪を負って死ななければならないのか。この作品はその問いを中心に置いている。外国の要求で死ぬ人数が先に決まり、射撃したと答えた者の中から籤で死ぬ者が選ばれる。選ばれた者たちは死ぬこと自体は拒まない。ただ、どういう名目で死ぬのかにこだわる。そこに彼らの誇りが表れている。

読むときは、重役と兵卒が向き合う夜の場面に注目したい。竹内は、兵卒が隊長の命令で働くのに理も非理もないと言い切る。兵卒たちが小南の言い分を退けていくやりとりには緊張がある。死を前にした振る舞いも見どころである。垣内は寺の鐘を撞こうとし、土居は自分の入る大瓶にふざけて飛び込む。語り手は感情を交えず、名前と日付と手順を記録のように積み重ねていく。その淡々とした筆が、かえって出来事の重さを伝える。

森鷗外が晩年に取り組んだ歴史小説の一つで、明治元年に実際に起きた事件を史料に沿って描いている。『阿部一族』などと同じく、武士が死に臨むときの作法と、それを求める組織の論理を見つめた作品である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

妙国寺では箕浦から切腹が始まる。箕浦はフランス人に向かって大声を放ち、腹を切ってから腸を掴み出し、介錯をしくじられても叫び続けた。見ていたフランス公使は驚きと恐れから座っていられなくなる。西村、大石らが続いた。十二人目の橋詰が座に着いたところで、公使は兵卒に囲まれて寺を出ていった。切腹は止められ、それまでに十一人が死んだ。

七藩の家老がフランス軍艦へ理由を質しに行くと、公使は惨状を見るに忍びないと答え、残る九人の助命を申し出た。九人は肥後藩と安芸藩に預けられ、大阪へ戻る前に橋詰は自分の舌を咬み切った。命に障る傷ではなかった。九人は両藩で手厚くもてなされたあと死刑を許され、土佐へ帰る。ところが渡川より西への流罪を言い渡され、理由を問うても、死んだ十一人の苦痛に準ずる処分だと言われて受け入れた。

配所の入田村で、九人は村人に学問や剣術を教えた。川谷は流行り病で死んだ。残る八人は明治天皇の即位による特赦で帰ったが、士分の扱いは最後まで受けられなかった。宝珠院に建った十一基の石碑を、堺の人々は「御残念様」と呼んだ。入らずに終わった九つの大瓶は「生運様」と呼ばれ、参詣する人が絶えない。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日