おうとう
桜桃
- 読了時間
- 約10分
- 文字数
- 4,810字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「世界」1948(昭和23)年5月
三行でいうと
- 小説家の「私」は、幼い三人の子がいる家で、いつも冗談を言って明るくふるまっている。
- 夕食の席で母がもらした「涙の谷」の一言に、父は冗談で返せず黙り込んでしまう。
- 人を雇えと言う父と、重い病の妹を見舞いたい母の話はかみ合わず、父は黙って家を出る。
登場人物
- 私
- 三人の子の父である小説家で、家でも人前でも冗談を言い、書くのがつらくてヤケ酒を飲む。
- 母
- 私の妻で、一歳の次女に乳をやりながら食事の世話をこなし、口数は少ない。
- 長女
- 七歳の娘で、少し風邪をひきやすい。
- 長男
- 四歳の息子で、痩せていてまだ立てず、言葉を話さない。
- 次女
- ことしの春に生まれた一歳の娘。
読みどころ
冒頭は「子供より親が大事、と思いたい」の一文で始まる。語り手の「私」は、家庭でも人前でも冗談を言って場を明るくしている。その裏では、お金のことや自殺のことを考えている。家族を大事に思いながら、うまく向き合えずに逃げてしまう父親の弱さが、この短編の中心にある。
注目したいのは語り方だ。話は「私」の独白と、自分を「父」と呼ぶ場面とを行き来する。途中で「実はこの小説、夫婦喧嘩の小説なのである」と打ち明け、そこから夫婦の短いやりとりに入る。夫婦は手荒なことも口汚い言い争いもしない。それでも互いに遠慮し合い、言いたいことを飲み込む。その気まずさが細かく書かれている。題名の桜桃がどの場面で出てくるかにも気をつけて読みたい。
太宰治が亡くなった1948年に発表された、晩年の短編である。「人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか」のように、自分の書き方を弁明する言葉も入っている。太宰の命日の6月19日は、この作品にちなんで桜桃忌と呼ばれている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
父が「誰か、ひとを雇いなさい」と言うと、母は来てくれる人がいないと答える。父が、来てくれる人ではなく、いてくれる人がいないのではないかと言うと、母は人を使うのが下手だと言うのかと問い返す。父は実際そう思っていたが、黙った。
父は今夜のうちに仕上げる仕事があると言って、仕事部屋へ出かけようとする。母は重い病の妹を見舞いに行きたいと言う。父は人を雇えばと言いかけてやめ、稿料の入った封筒を袂に入れて、原稿用紙と辞典を風呂敷に包んで家を出る。もう仕事どころではなく、自殺のことばかり考えながら酒を飲む店へ行き、今夜は泊まると言う。
店で桜桃が出る。子供たちは桜桃を見たこともないかもしれず、持って帰ればよろこぶだろうと父は思う。しかし父は、大皿の桜桃をひどくまずそうに食べては種を吐き、心の中で虚勢のように「子供よりも親が大事」と呟く。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日