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なおこ

菜穂子

堀辰雄

読了時間
約2時間57分
文字数
88,338字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

三行でいうと

  1. 母の三村夫人は、作家の森於菟彦と出会ってからの日々を、娘の菜穂子に宛てた日記に綴る。
  2. 母との不和に苦しんだ菜穂子は、逃げ場を求めるように十歳年上の黒川圭介と結婚する。
  3. 胸を病んで八ヶ岳の麓の療養所に入った菜穂子のもとへ、幼馴染の都築明が冬の旅の途中で訪ねて来る。

登場人物

菜穂子
三村家の娘で、子供のころから気が強い。母とはうまく話せないまま、二十五歳で黒川圭介と結婚する。
三村夫人
菜穂子の母。夫を亡くしてからはO村の楡の木のある山の家で夏を過ごし、娘に読ませるつもりで日記を書く。
森於菟彦
名の知れた作家。O村で三村夫人と出会い、のちに夫人に宛てたらしい詩を送る。
都築明
菜穂子の幼馴染。七つで両親を失くし、叔母に育てられた。いまは建築事務所に勤めている。
黒川圭介
菜穂子の夫。商事会社に勤め、母と二人きりで大森の古い屋敷に暮らしてきた。
およう
O村の牡丹屋の主人の姉。家に戻ってきて、脊髄炎で寝たきりの娘の初枝を看ている。
早苗
O村の綿屋の娘。林の中の氷室の前で、明と午後を過ごすようになる。
征雄
菜穂子の兄。大学の医科に進み、のちに台湾の大学に赴任する。

読みどころ

母と娘は互いを気にかけながら、どうしても言葉が届かない。母は日記に自分の迷いと悔いを書き残し、娘はそれを読んでもなお受け入れられない。結婚や病で一人きりになった人が、自分の生き方をどこに見つけるのか。その問いが作品の中心にある。

前半は母が娘に語りかける日記の形で書かれている。後半は菜穂子、明、圭介の三人を順に追っていく。O村での同じ夏の出来事が、母の目と明の目から二度語られるところにも注目したい。雨や霧、嵐や雪が、人物の心の動きと重なるように描かれる。牧場に立つ半分枯れた木を見て、菜穂子は「私もあんな風に生きているのだわ、きっと。半分枯れた儘で……」と思う。荻窪の駅で信州行きの列車を見送る圭介の姿も心に残る。

堀辰雄は、高原の療養所を舞台にした『風立ちぬ』でも知られる作家である。この作品は、母の日記を中心にした『楡の家』と、その後を描く『菜穂子』の二つの部分でできている。話の筋よりも人物の心の揺れを細かく追う文章なので、時間をかけて読むのに向いている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

母の日記は第二部へ続く。森が北京で亡くなった年の秋、母と菜穂子はO村の暖炉の前で夜遅くまで語り合う。明け方、菜穂子は母の部屋に来て、おばの持ってきた縁談をもう承諾したと告げる。その朝、楡の木の下で娘を待っていた母は狭心症の発作に襲われる。一年後、母は同じ山の家でその日のことを書いている途中に再び発作で倒れ、そのまま亡くなる。菜穂子は結婚生活の難しさを知り始めたころに日記を読み、母に反発しながらも引き寄せられるのを感じる。そして日記を楡の木の下に埋めることを思い立つ。

療養所を出た明は冬の旅を続けるが、疲れ果てて熱を出し、O村の牡丹屋に身を寄せる。早苗はすでに巡査と結婚し、夫の転任で松本へ移っていた。明はおよう達の看病を受けながら床に就く。雪の積もった畑を風が走り、雪煙が上がっては消える。それを見て、明は「おれの一生はあの冷い炎のようなものだ。」と考える。

雪が烈しく降るある日、菜穂子は療養所をこっそり抜け出し、思い立って新宿行きの汽車に乗る。銀座の店で会った圭介は、母さんが病気だから面倒な事は困ると言う。そして麻布の小さなホテルに一晩泊まり、翌日山へ帰るよう勧める。圭介はこの件を母に黙っておくことにして、一人で家へ帰る。ホテルに残った菜穂子は、今日の思いつきの行動が新しい人生の道を示してくれているように感じる。そのまま一人で食堂へ向かう。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日