まじゅつ
魔術
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,144字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「赤い鳥」1920(大正9)年1月
三行でいうと
- 時雨の晩、私は大森の町はずれに住む印度人のミスラ君を訪ね、魔術を見せてほしいと頼む。
- ミスラ君はテエブル掛の花をつまみ上げ、書物を飛ばしてみせ、欲を捨てれば誰でも使えると言う。
- 魔術を教わった私は銀座の倶楽部で石炭を金貨に変え、友人たちから骨牌の勝負を迫られる。
登場人物
- 私
- 語り手で、一月ばかり前からミスラ君と付き合っており、魔術を見せてもらうために大森を訪ねる。
- マティラム・ミスラ
- カルカッタ生れの愛国者で、ハッサン・カンという婆羅門の秘法を学んだ年の若い魔術の大家である。
- 御婆さん
- ミスラ君の世話をしている、背の低い日本人の召使いである。
- 友人
- 銀座の倶楽部で私と雑談する仲間たちで、そのうち一人は一番狡猾だと評判の男である。
読みどころ
人は本当に欲を捨てられるのか。この作品はその問いを、魔術を習いたい若者の話にして差し出す。ミスラ君は、自分の魔術は「高が進歩した催眠術に過ぎないのですから。」と言い、誰にでも使えると請け合う。ただし条件が一つだけある。その条件の重さが、短い物語のなかで少しずつ見えてくる。
語りは「です」「ます」で読者に話しかける調子で、すらすらと読める。テエブル掛の花模様が匂いを放ったり、書物が蝙蝠のように宙を舞ったりする場面は、色や動きがくっきりと目に浮かぶ。大森の竹藪に降る雨の音と、銀座の倶楽部の明るさの描き分けにも注目したい。ミスラ君が御婆さんに呼びかける片仮名の台詞も、覚えておくと後で効いてくる。
芥川龍之介が子ども向けに書いた作品の一つで、鈴木三重吉の童話雑誌『赤い鳥』に大正九年に発表された。同じ雑誌に載った『蜘蛛の糸』や『杜子春』と並べて読むと、欲と試しを扱う手つきの違いがよく分かる。短いながら最後まで気を抜けない一編である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
欲を捨てられるかと問われた私は「出来るつもりです。」と答え、ミスラ君の家に泊まって魔術を習うことになる。一月ほど後、私は銀座の倶楽部で暖炉の石炭をすくい、床に撒いて金貨に変える。欲心を起こせば魔術は二度と使えないと言い、金貨を暖炉に戻すつもりだと話す。友人たちは反対し、一番狡猾な男が金貨を元手に骨牌で決めようと持ちかける。断ると決心が怪しいと責められ、私は勝負を受ける。
その夜の私は勝ち続け、相手は地面も家作も自働車も、全財産を賭けると言い出す。私はこの刹那に欲が出て、そっと魔術を使って王様の札を引き当てる。すると札の王様が外へ抜け出し、聞き覚えのある声で、御客様は帰るから寝床の仕度はしなくて好いと御婆さんに告げる。気がつくと、私は石油ランプの下でミスラ君と向き合って坐っていた。
指に挟んだ葉巻の灰は落ちずに残っており、一月と思った出来事はほんの二三分の夢だった。私が秘法を習う資格のない人間であることは、私にもミスラ君にも明らかになる。ミスラ君は気の毒そうな眼つきで「私の魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければなりません。あなたはそれだけの修業が出来ていないのです。」と静かにたしなめる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日