あぐにのかみ
アグニの神
- 読了時間
- 約16分
- 文字数
- 7,911字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「赤い鳥」1921(大正10)年1月、2月
三行でいうと
- 上海の薄暗い家に住む印度人の婆さんは、アグニの神の御告げで占うと言い、亜米利加人から小切手を受け取る。
- 書生の遠藤は窓辺の少女を主人の娘の妙子と見抜き、ピストルを手に乗りこむが、婆さんの魔法に追い返される。
- 妙子は神が乗り移った真似で婆さんを欺く計略を手紙で伝える。真夜中の十二時、アグニの神を呼ぶ儀式が始まる。
登場人物
- 妙子
- 香港の日本領事の娘で、去年の春に行方知れずになり、婆さんの家で恵蓮と呼ばれて働かされている。
- 遠藤
- 妙子の父に仕える書生で、妙子を探して上海の婆さんの家にたどり着く。
- 印度人の婆さん
- 占い者で魔法を使い、真夜中に妙子の体へアグニの神を乗り移らせて予言をさせる。
- 亜米利加人
- 商人らしい男で、日米戦争がいつ起きるかを占ってほしいと婆さんに頼みに来る。
- 人力車夫
- 年をとった支那人で、遠藤に婆さんが魔法を使うという近所の噂を教える。
読みどころ
さらわれた少女が魔法使いの婆さんから逃げる話である。少女の考えた計略は、神が乗り移った振りをして婆さんを脅すことだ。子どもの知恵は魔法に勝てるのか。婆さんが恐れるアグニの神は本当にいるのか。この二つの問いが、真夜中の儀式に向けて読者を引っぱっていく。
語りは「です・ます」で、子どもに話して聞かせる調子で進む。章ごとに視点が婆さんの部屋、往来の遠藤、椅子に座る妙子と移り、同じ夜を別の側から見せる。窓から落ちてくる妙子の手紙はカタカナで書かれていて、少女の声がそのまま届く。後半では遠藤が鍵穴からのぞくので、見えるのは妙子の顔だけになる。読者も遠藤と同じものしか見られない。この狭い視界の中で、声と物音を頼りに読んでいくことになる。
芥川龍之介は童話雑誌『赤い鳥』に『蜘蛛の糸』や『杜子春』を寄せており、この作品も同誌に発表された。上海を舞台にした異国の怪奇に、運命の不思議を重ねた一編である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
儀式が始まると、妙子は眠気に勝てずに寝入ってしまう。遠藤は家に忍びこみ、鍵穴から部屋をのぞく。眠ったままの妙子が荒々しい男の声で婆さんの悪事を責め、娘を父親に返せと命じる。婆さんは声色だと疑い、ナイフを突きつける。妙子が「おれの声は低くとも、天上に燃える炎の声だ」と答えると、婆さんは妙子の襟髪をつかんでナイフを振り上げる。遠藤は錠のかかった戸を破ろうとするが、戸はなかなか開かない。
部屋の中で誰かの叫ぶ声がして、人の倒れる音が聞こえる。戸を破って入ると、妙子は椅子にかけたまま眠っていた。目を覚ました妙子は自分が眠ってしまったことを知っていて、「計略は駄目だったわ」と詫びる。机の下では、婆さんが自分のナイフを自分の胸に突き立てて死んでいた。
遠藤は、計略は失敗したのに婆さんは死に、妙子も無事に取り返せたと気づく。お婆さんを殺したのかと妙子に問われ、遠藤は「私が殺したのじゃありません。あの婆さんを殺したのは今夜ここへ来たアグニの神です」と囁く。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日