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くもはてんさいである

雲は天才である

石川啄木

読了時間
約1時間4分
文字数
31,720字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字旧仮名
読む速さ

初出: 「啄木全集 第一巻 小説」新潮社、1919(大正8)年4月21日

三行でいうと

  1. 岩手の村の小学校で代用教員を務める二十一歳の新田耕助は、生徒との課外授業に何より熱を入れている。
  2. 新田が作った歌が生徒の間に広まり、手続きを踏んでいないとして校長と首座訓導に職員室で問い詰められる。
  3. 言い合いのさなか、友人の天野朱雲が書いた紹介状を持って、片目の若者の石本俊吉が八戸から訪ねてくる。

登場人物

新田耕助
語り手で、尋常科二年を受け持つ二十一歳の代用教員。
田島金蔵
校長で、妻と子供二人とともに学校の宿直室に住んでいる。
古山
首座訓導で、村の土着の者として十年余りこの学校に勤める釣りの名人。
山本孝子
尋常科一年を受け持つ二十四歳の女教師で、熱心なクリスチャン。
了輔
村長の長男で、校内一の腕白者だが成績も優等な生徒。
栄さん
女教師が下宿している家の子で、悧巧な生徒。
忠太
学校の小使で、村では「仏様」と仇名される好人物。
石本俊吉
天野の紹介状を持って八戸から来た二十二歳の苦学生で、生まれつき左目が見えない。
天野朱雲
本名は天野大助で、この村の出身の二十七歳。新田が畏友と呼ぶ人物である。

読みどころ

規則と順序を盾にする校長たちに、若い代用教員が言葉で立ち向かう。語り手の新田は自分を「日本一の代用教員」と任じている。同僚の髯や声を大げさな漢語で次々にこき下ろす語りが、まず読んでいて痛快だ。その笑いの後に、貧しさの中で生きてきた石本の打ち明け話が置かれる。同じ職員室の中で、笑いと涙が入れ替わる。

読むときは、新田が声だけを聞いて、玄関の客をナポレオンのような人物だと思い込む場面に目を留めたい。実際に現れた石本の姿との落差で、語りの調子が大きく変わる。後半は石本の長い独白で進み、天野朱雲は彼の言葉の中にだけ姿を見せる。石本は「人生は長い暗い隧道だ」という朱雲の言葉を伝え、「天野君は確かに天才です。」と言い切る。

石川啄木は歌人として知られるが、小説も書いた。本作は明治三十九年に書かれ、生前には発表されなかった。啄木自身もこの年、故郷の岩手の村で代用教員をしていた。作中の歌には、岩手山や北上の名が出てくる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

新田は、歌を教えたのは家に遊びに来た生徒三人だけだと言い返し、校長と古山を黙らせる。女教師の山本孝子も、歌を生徒から借りて写し、明日の唱歌の時間に教えるつもりだったと口を開く。校長はすがるように妻を見上げるが、妻は「フン、」と言うだけである。そこへ了輔たちが歌いながら職員室まで行進してくる。新田と女教師が目で追い払うと、生徒たちは「勝つた先生万歳」と叫んで去っていく。

そのとき玄関で、小使の忠太が乞食を追い返そうとする声がする。客が差し出したのは天野朱雲の短い紹介状で、新田は校長の妻が反対するのを押し切って客を職員室に通させる。石本俊吉は、故郷の静岡で父が亡くなったこと、旅費が無く乞食をしながら帰ると決めたことを語る。頼った天野は校長と議論をして学校を免職になり、遠い処へ行くつもりだと話した。天野は大きな握り飯を九つ作って渡し、別れの際には突っ伏したまま「行け」と怒鳴った。

石本は、天野に弟のように扱われたことが一生でただ一度の幸福だと言って涙を拭う。新田も涙を拭い、女教師は卓子に突っ伏している。物語はここで終わり、石本がその後どうなったかは書かれていない。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日