こうふ
坑夫
- 読了時間
- 約4時間43分
- 文字数
- 141,408字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「朝日新聞」1908(明治41)年1~4月
三行でいうと
- 二人の少女との関係に行き詰まって家を出た十九歳の青年が、松原の茶店で長蔵という男に呼び止められる。
- 坑夫になれば儲かると誘われ、赤毛布の男や宿無しの小僧といっしょに、雲の中の山を越えて銅山の飯場へ着く。
- 南京米と南京虫と坑夫たちの嘲りに迎えられた翌朝、案内の初さんに連れられて暗い坑の底へ降りていく。
登場人物
- 長蔵さん
- 茶店で主人公に働く気はないかと声をかけ、銅山まで連れて行く周旋屋で、主人公の蟇口を受け取ったまま返さない。
- 赤毛布
- 宿場の一膳めし屋から出てきたところを長蔵さんに誘われる、茨城の田舎の若い男である。
- 小僧
- 夕暮れの山から一人で降りてきた十三四の宿無しで、どこへも帰らないと答えて長蔵さんについて来る。
- 原駒吉
- 飯場頭で、主人公を「あなた」と呼んで帰るように勧めるが、最後には置いてくれる。
- 初さん
- 飯場頭がつけた案内役で、主人公を八番坑のどん底まで連れて行く。
- 安さん
- 坑の中で出会う坑夫で、中等以上の教育を受けたが罪を犯し、六年シキから出ずに働いている。
- 金さん
- 飯場の片隅に寝ている重い病人で、病気の借金のかたに女房を取られている。
- 艶子さん
- 東京に残してきた女の一人で、主人公は今頃泣いているだろうと思う。
- 澄江さん
- 東京に残してきたもう一人の女で、主人公は憎らしいと思いながらも惚れ込んでいる。
読みどころ
家を出た十九歳の若者が死に場所を求め、銅山の坑の底へ降りていく話である。ただし語りの中心にあるのは、出来事よりも心の動きだ。語り手は、昨日と今日でまるで反対のことをする自分を何度も見つめ直す。そして「本当の人間は妙に纏めにくいものだ」と書く。人の性格に一貫したものはあるのか。この問いが全編を通っている。
語りは、年月を経た語り手が若い日の自分を振り返る形をとる。出来事の合間に長い考察が入り、話はなかなか進まない。そこを辛抱して読むと、場面ごとのおかしみと寒々しさが伝わってくる。茶店で蠅だらけの揚饅頭を食い合う場面や、雲の中を四人で黙って歩く山越えがそうだ。坑の中では、際限なく続く梯子を降りる場面と、腰まで水に漬かって進む場面に注目したい。
夏目漱石が1908年に『東京朝日新聞』に連載した作品で、『三四郎』の直前に書かれた。筋らしい筋は立てられていない。出会った人々も、途中でふいに姿を消していく。語り手自身が、これでは小説にならないと繰り返し書いている。まとまらない事実を、まとまらないまま差し出す語り方に、この作品の面白さがある。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
初さんに置いていかれた主人公は、長い梯子の途中で手を離して死のうとする。だが、どうせ死ぬなら華厳の瀑へ行けと思い直し、梯子を登り切る。帰り道に迷ううち、一人で鉱を敲いている安さんの作事場に行き当たる。安さんは自分の過去を語り、早く東京へ帰れ、旅費は出してやると言う。主人公は旅費を断る。それでも、堕落を自覚しながら生きて働く安さんを見て、安さんが生きている以上は自分も死んではならないと決める。
飯場頭に山に残ると告げると、健康の証明書を持って来いと言われる。病院の医者は主人公をごろつき扱いし、診断書には気管支炎と書いた。坑夫にはなれない。肺病になれば助からないと考えた主人公は、死んでも生きてもいいという気持ちになる。それでも飯場頭に、小使でも掃除番でもいいから置いてほしいと頼む。
翌朝、飯場頭は飯場の帳附の口を見つけてくれた。坑夫たちが買う草鞋や豆を帳面につける仕事で、給金は月に四円である。帳附になると、坑夫たちは態度を変えて向こうから世辞を言うようになった。主人公は南京米を食い、南京虫に食われて堕落の稽古を始める。帳附を五箇月勤めて東京へ帰り、坑夫の経験はこれだけで、みんな事実だと語り終える。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日