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こうび

交尾

梶井基次郎

読了時間
約12分
文字数
5,742字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「作品」1931(昭和6)年1月

三行でいうと

  1. 病気で夜中に眼が冴える私は、寝静まった町の物干し場に出て、露路を行き交う猫を眺めている。
  2. ある夜、眼の下で二匹の白猫が寝転んで抱き合い、そこへ夜警の杖の音が露路の端から近づいて来る。
  3. 後半は渓の話になる。私は河鹿をよく見ようと瀬のきわで石のように身をひそめ、雄の鳴き声を聞く。

登場人物

私
病気の身で、夜中になると身体が火照って眼が冴え、家の物干し場へ逃げ出して来る語り手である。
魚屋
露路に住み、夜中に力のない咳をしている。医者に見てもらえと言われても聴かない。
夜警
昼は葬儀屋をしている陰気な男で、夜は杖を突いて露路を廻る。
河鹿
渓の瀬に住む蛙で、私は鳴きしきる雄と、それに応える雌を眼の下で見る。

読みどころ

病んだ語り手が、生き物の求め合う姿を見つめる二つの話からなる短編だ。前半は夜更けの町の露路で抱き合う猫を見る話で、後半は昼の渓で河鹿を見る話である。どちらの話でも私は眺めるだけで手を出さないが、見ているうちに相手の所作に引き込まれていく。

前半では、肺病で人が急に死んでいく町の描写が、猫の艶めかしさと並べて置かれている。夜警が近づいてからは、私も夜警と一緒に猫を見物しているような気持ちになり、場面に小さなおかしみが加わる。後半では、私が「俺は石だぞ。俺は石だぞ。」と念じて瀬のきわで待つ観察の仕方に注目したい。河鹿の合唱を地球で最初の声を持つ生物と結びつける一節も読みどころである。

梶井基次郎は『檸檬』で知られ、肺を病んで三十一歳で亡くなった。本作は晩年に書かれた短編で、身近な生き物を細かく見る目と、病を抱えた身の静けさが一つの作品に収まっている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

夜警は二間ほど手前で猫に気づいて立ち留り、さらに二足三足近づく。猫は二つの首をくるりと振り向けるが、まだ抱き合ったままである。夜警が猫の間近で杖をトンと突くと、二匹はたちまち露路の奥へ逃げてしまう。夜警はつまらなそうに杖を鳴らして立ち去り、物干しの私には気づかない。

その二で、私は以前に河鹿を一匹捕まえ、浴場の桶に入れて座敷で観察しようとしたことを語る。河鹿は隠れたまま出て来ず、私が身体を動かすたびに水へ跳び込む。翌日、河鹿は障子から渓の水音のする方へ跳んで行き、私は二度とこの方法を繰り返さなかった。

瑠璃の囀るある日、私は瀬のそばに蹲まり、河鹿の合唱に耳を傾ける。眼の下の雄が鳴くたびに、一尺ほど離れた石の蔭の雌が「ゲ・ゲ」と応える。やがて雄は鳴きやめて石を下り、「ギョ・ギョ・ギョ・ギョ」と鳴きながら水を渡って雌の足下へ着く。二匹は交尾するが、私には水を渡るときの可憐さのほうが美しく思われた。私はしばらく、瀬を揺がす河鹿の声のなかに身を置いている。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日