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けいば

競馬

織田作之助

読了時間
約25分
文字数
12,098字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「改造 第二十七巻第四号」改造社、1946(昭和21)年4月1日

三行でいうと

  1. 元中学教師の寺田は、淀の競馬場で朝から1番の馬ばかり買い続けている。亡くなった妻の名が一代だったからだ。
  2. 酒場の女給だった一代と結婚して職を失った寺田は、癌の妻を看病するうちに、妻に届いた男の葉書を見つける。
  3. 妻の死後に競馬にのめりこんだ寺田は、一番だけに賭ける美貌の男と出会い、その背中にある一の字の刺青を見る。

登場人物

寺田
京都帝大の史学科を出て母校のA中で歴史を教えていた、小心な律義者である。
一代
酒場の交潤社でナンバーワンの女給だった女で、寺田の細君になる。
作家
大阪に住む作家で、原稿を受け取りに来た寺田を淀の競馬場で競馬に誘う。
ジャンパーの男
女のように肌の白い美貌の男で、競馬では一番の馬にしか賭けない。
女中
寺田が泊まる別府の温泉宿の女中である。

読みどころ

亡くなった妻の名の一字を追って、男が1番の馬券を買い続ける。この作品は、死んだ妻への思いと嫉妬が、競馬の熱狂と区別できなくなっていく過程を描く。妻を愛した記憶と、妻の過去の男への嫉妬が同じ激しさで寺田を動かす。その一途さが、正気なのか狂気なのか分からなくなっていく。

冒頭では曇天の競馬場で、迷いに迷う客たちの姿が次々に描かれる。そのなかで1番だけを買う寺田の冷静さが、かえって異様に見えてくる。物語はそこから一代との結婚と看病の日々をさかのぼり、注射の場面が何度も繰り返される。寺田を競馬に誘う作家は「競馬は女より面白いのにね」と言う。この作家の饒舌と、最後の競走の実況のような語りの速さにも注目したい。

織田作之助は大阪を舞台にした作品で知られるが、この作品の舞台は京都と淀、小倉、別府である。原文の末尾には昭和二十一年四月と記されている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

一代は乳癌で乳房を切り取ったあと、再発した癌が子宮に回り、医者から見放される。寺田は鎮痛剤のロンパンを自分で注射するまでになる。ある日、一代あてに「明日午前十一時、淀競馬場一等館入口、去年と同じ場所で待っている。来い。」と書いた差出人のない葉書が届く。嫉妬した寺田は注射器の空気を静脈に入れようかと考える。だが一代の痩せ細った腕を見て空気を抜き、いつものように注射する。一週間後に一代は息を引き取る。のちに美術雑誌の編輯長になった寺田は、原稿を受け取りに行った淀で作家に誘われて馬券を買い、競馬にのめりこむ。謝礼の金も高利貸の金も注ぎ込み、淀の最終日には一代の形見の着物まで質に入れる。

最終日は1の馬がよく勝ち、寺田は第八競走までに五つの単勝を取る。払戻の窓口では、ジャンパーの男が一番だけに賭けていると話す。寺田は1を追って小倉へ向かい、別府の温泉宿に泊まる。その湯で男と再会し、男の背中に一の字の刺青があるのを見る。男は、炭坑で坑夫たちに彫られた一はオイチョカブで負けの札だと語り、インケツの松と名乗って京都の盛り場を荒らした身の上を話す。交潤社の競馬好きの女給を知っていて、その女は教師と世帯を持ち、死んだらしいとも口にする。部屋に戻った寺田は、あの男が女中を口説こうとしたと女中から聞く。寺田は女中にヴィタミンCだと言ってロンパンを打ち、眠らせる。目を覚ました女中は眠っている間に何をされたか悟ったらしいが、寺田を責めずに出て行く。寺田は自分を責めながらも、あの男を思ってわずかな自尊心の満足を覚える。

翌日の小倉の初日、寺田は負け続け、最後の競走であり金全部を1のハマザクラ号に賭ける。ハマザクラは二馬身出遅れ、寺田は駄目だと叫ぶ。そこへ背後から「いや大丈夫だ、あの馬は追込みだ」と声がする。振り向くとあの男が立っていた。ハマザクラは差を詰めて先頭に立ち、追い込んできた三番をしのいで逃げ切る。寺田は男の肩に抱きついて泣き、「嫉妬も恨みも忘れてしがみついていた」ところで話は終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日