ひな
雛
- 読了時間
- 約23分
- 文字数
- 11,139字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字旧仮名
初出: 「中央公論」1923(大正12)年3月
三行でいうと
- 御一新の後に家が傾いた紀の国屋は、娘お鶴の見事な雛を、横浜の亜米利加人へ売ることに決める。
- 手放す日が近づくと、十五のお鶴は雛をもう一度飾って見たいと願う。だが一徹な父は許さない。
- 母が面疔で寝込み、開化好きの兄英吉とは言い争いが続く。引き渡しの前の晩、家に新しいランプがともる。
登場人物
- お鶴
- 紀の国屋の娘で、十五のときに雛を手放した話を、老女になってから語る。
- 紀の国屋伊兵衛
- お鶴の父で十二代目。口数が少なく、手附けをとった雛には触らせない。
- 母
- 昔風の人で、雛を売る晩に涙をためていた。月末近くに面疔を患う。
- 英吉
- お鶴の兄で十八歳。英語の読本を離さない開化好きで、雛祭を旧弊とけなす。
- 丸佐の主人
- 雛を売るよう父に勧めた骨董屋。禿げ頭の脳天に入れ墨がある。
- 徳蔵
- もとは肴屋で、今は人力車の車夫をしている出入りの若い者。
- 本間さん
- 母を診る漢方医で、英吉は藪医者と莫迦にしていた。
読みどころ
家の苦しさから娘の雛を売ることになった、ある商家の一か月を描く。古いものを手放して新しいものを迎える時、家族の一人ひとりは何を思うのか。手放すと決めた雛を前に、それぞれが胸の内を口にできずにいる。
語り手は老女になったお鶴で、「ございます」調の昔語りが続く。開化を鼻にかける兄英吉と、口数の少ない父の態度には、表の言葉と違う思いがのぞく場面がある。無尽燈からランプに替わった晩の夕飯で、英吉は「今にきつとこのランプも暗いと云ふ時が来るんです。」と言う。家族が交わす短い言葉に注目して読みたい。
芥川龍之介の短編で、作品の末尾に大正十二年二月の日付と、書き上げたきっかけを記した付記がある。舞台は王朝や説話の世界ではなく、明治の初めの商家である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
引き渡しの前日、お鶴は父に雛を見せてほしいとせがんで叱られ、母の枕もとで泣き出す。そこへ来た英吉がお鶴を引き倒すと、母は「お前はわたしが憎いのだらう?」と英吉を責める。英吉は肘に顔を隠し、啜り泣きを始める。
夕方、お鶴は徳蔵の人力車で出かけ、帰り道でランプを提げた英吉に会う。英吉は小声で、父が見せないのは「見りやあみんなに未練が出る」からだと言う。その晩は新しいランプの下で夕飯を囲む。母は眩し過ぎると言い、石油の匂いのせいでおも湯にも手をつけない。床に入ったお鶴は寝つけず、火事やコレラまで願ううちに眠ってしまう。夜更けに目を覚ますと、寝間着姿の父が一人で行燈の光の中に雛を並べ、それを眺めていた。
老いたお鶴は、あの晩の雛が夢か幻だったのか今も分からないと言う。ただ、独りで雛を眺める父を見たことだけは確かであり、それなら夢でも悔しくはないと語る。作者の付記には、横浜の英吉利人の客間で、古雛の首を玩具にしている童女に会ったことが書き上げたきっかけだと記されている。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日