あき
秋
- 読了時間
- 約22分
- 文字数
- 10,998字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字旧仮名
初出: 「中央公論」1920(大正9)年4月
三行でいうと
- 女子大学で才媛と呼ばれた信子は、作家になると誰もが思っていた。従兄の俊吉との結婚も噂されていた。
- ところが信子は卒業後、大阪の会社員と突然結婚する。妹の照子は駅で、姉の犠牲を詫びる手紙を渡す。
- 新婚の暮らしにすきまができる頃、照子は俊吉と結婚する。翌年の秋、信子は妹夫婦の家を一人で訪ねる。
登場人物
- 信子
- 女子大学にいた頃から才媛と呼ばれ、作家として文壇に出ると思われていた。
- 照子
- 信子の妹で、姉の結婚を自分のための犠牲だと思って詫びる手紙を書く。家で鶏を飼っている。
- 俊吉
- 信子と照子の従兄で、大学の文科に籍を置き、皮肉や警句を好む。
- 夫
- 大阪の商事会社に勤める高商出身の青年で、口数が少なく身綺麗にしている。
読みどころ
信子はなぜ俊吉と結婚しなかったのか。同窓たちが噂したこの問いに、作品ははっきりした答えを出さない。妹のための犠牲だったのか。信子自身もそう信じ切れず、その疑いを避けて感傷に浸っている。言葉にされない思いは、姉妹と従兄の三人のあいだで少しずつ形を変えていく。
気持ちが物や景色に託されて描かれる点に注目したい。大阪の家を囲む松林、照子の飼う鶏、食卓に出る玉子が何度も出てくる。夫の厭味は、替えの襟が一本も無かった朝に始まる。信子は「もう小説なんぞ書きません。」と、夫に背を向けたまま囁く。台詞の少ない場面ほど、読み手が拾えるものは多い。
芥川龍之介は、平安時代や中国に題材を取った短編でよく知られる。『秋』は同時代の東京と大阪を舞台に、若い夫婦と姉妹の心の動きを描いた。原文の末尾には大正九年三月と記されている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
泊まった晩、俊吉に誘われて信子は月の庭へ下りる。二人は鶏小屋を覗き、俊吉は「寝てゐる。」と囁く。信子は、玉子を人に取られた鶏のことを思わずにいられない。部屋に戻ると、照子はぼんやり電燈を眺めていた。
翌朝、俊吉は亡友の墓参りに出かけ、昼までに帰るから待っていろと念を押す。信子の心は沈んでいく。「照さんは幸福ね。」と言うと、照子は「御姉様だつて幸福の癖に。」と返す。信子が問い返して後悔したあと、照子は泣き出す。信子は残酷な喜びを感じながら妹を慰める。すると照子は嫉妬に燃える目で顔を上げ、なぜ昨夜も、と言いかけてまた泣き崩れる。
姉妹はやがて涙のうちに和解する。それでも信子は俊吉の帰りを待たず、俥で電車の終点へ向かう。妹とは永久に他人になったような気持ちを抱いていた。途中で、歩いて帰ってくる俊吉の姿が見える。信子は俥を止めるかどうか迷い、声をかけられない。俊吉は何も知らずにすれ違う。信子はうすら寒い幌の下で、全身に寂しさを感じながら秋を思う。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日