へいぼん
平凡
- 読了時間
- 約2時間40分
- 文字数
- 79,983字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 三十九歳の小役人である語り手が、内職の賃訳が途切れた暇に、自分の平凡な半生を書き始める。
- 祖母に甘やかされて育ち、春雨の夜に拾った子犬のポチを命のように可愛がって少年時代を送る。
- 法律を学ぶために上京し、身を寄せた家の娘に惹かれる。やがて文学に溺れ、小説家を志す。
登場人物
- 私
- 古屋家の一人息子で、作さんと呼ばれる。役所勤めをしながら翻訳の内職をしている。
- 祖母
- 勝気な男勝りの人で、家の実権を握っていたが、孫の私にだけは甘い。
- 父
- 祖母とは似ない快活な好人物で、県庁の小吏を勤めていた。
- お由
- 私の母で、祖母に追い使われながらよく働いた。
- 勘ちゃん
- 近所に住む二つ三つ年上の苛めっ子で、私はひどく恐れていた。
- ポチ
- 雨の夜に門前で啼いていた捨て犬で、私が家で飼うようになる。
- 小狐三平
- 古屋家の遠縁にあたる内務省の属官で、上京した私を預かって書生のように使う。
- 雪江
- 小狐家の一人娘で、琴を習い、口を開けて笑う。
- 松
- 小狐家の下女で、私と雪江の話によく割り込む。
- お糸
- 小石川の下宿のお神さんの姪で、歌と三味線が上手い。
読みどころ
若い頃の語り手は、所帯じみていく年長者を意気地がないと嘲っていた。その彼が三十九歳になり、自分も平凡な人間になったと認めて筆を執る。「平凡な者が平凡な筆で平凡な半生を叙するに、平凡という題は動かぬ所だ」と題を決める場面から、自分を笑う語り口が最後まで続く。愚痴と照れ隠しの笑いのあいだから、親の愛だけは有難かったという思いがにじんでくる。
書き方は流行の自然主義をまねて「牛の涎」でいくと宣言しながら、語り手はたびたび脱線する。読者に話しかけ、長すぎると言って急に話を省く。前半ではポチを拾う夜と、ポチが殺されたあとの数章に力が込められている。「私はポチが殺された当座は、人間の顔が皆犬殺しに見えた」という一文は、ほかの理屈をすべて嘘だと退けたうえで置かれている。後半の東京の場面では、娘や女の前で固くなる若者の姿が滑稽に描かれ、笑いながら読み進められる。
二葉亭四迷は『浮雲』で言文一致の小説を早くに書いた作家である。『平凡』は1907年に『東京朝日新聞』に連載され、二葉亭が生前に発表した最後の小説になった。文学に溺れた男が文学を疑う話を、文学から一度離れた作家が書いている。その重なりを意識して読むと、語り手の自嘲が一段と苦く聞こえる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
ポチは門前で私の帰りを待つうちに、犬殺しに棒で打ち殺される。私は泣き暮らし、しばらくは人の顔がみな犬殺しに見えた。上京した私は小狐家で雪江に惹かれるが、二人きりになると怖くなって逃げ出す。やがて雪江の婿が決まり、私は下宿へ移る。文学にのめり込んで某大家の手を借り、雪江の名で短篇を雑誌に載せた。その後、月謝を滞らせて学校を除籍される。私は小説家になると決め、家からの仕送りは絶えた。
何年か売れない時期が続いたあと、当たり作が出て文壇で認められていく。小石川の下宿では、お神さんの姪のお糸に贈り物や芝居見物で金を使う。そのせいで、病気の父のための送金を怠った。芝居から帰った夜、父の容態が悪いという母の手紙を読みながら、私はお糸と関係を持つ。翌日「父危篤直戻れ」の電報が届き、金を工面して故郷へ急ぐ。着いたときには父はもう息を引き取っており、私は死に顔の前で泣いた。
私は年来の不孝を悔い、母を連れて上京する。お糸とは金で手を切り、小説も書けなくなって文壇を去り、役所勤めに就いた。母の望みで妻を迎えて子が生まれたが、間もなく母も世を去る。私は文学が人をふやけさせたと書き連ねるが、原稿は文の途中で途切れる。最後に二葉亭が、この稿本は夜店で手に入れたもので、続きは千切れて無いと書き添えている。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日