このページには広告(Amazonの商品リンク)が含まれます。

がん

雁

森鷗外

読了時間
約2時間28分
文字数
73,563字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 壱、弐、参「スバル 第三年九号」1911(明治44)年9月、肆、伍「スバル 第三年十号」1911(明治44)年10月、陸、漆「スバル 第三年十一号」1911(明治44)年11月、捌、玖「スバル 第三年十二号」1911(明治44)年12月、拾、拾壱「スバル 第四年二号」1912(明治45)年2月、拾弐「スバル 第四年三号」1912(明治45)年3月、拾参、拾肆「スバル 第四年四号」1912(明治45)年4月、拾伍、拾陸「スバル 第四年六号」1912(明治45)年6月、拾漆、拾捌「スバル 第四年七号」1912(明治45)年7月、拾玖「スバル 第四年九号」1912(大正1)年9月、弐拾「スバル 第五年三号」1913(大正2)年3月、弐拾壱「スバル 第五年五号」1913(大正2)年5月、弐拾弐、弐拾参、弐拾肆「雁」籾山書店1915(大正4)年5月

三行でいうと

  1. 明治十三年、医科の学生の岡田は散歩の途中、無縁坂の家の窓にいる女と会釈を交わすようになる。
  2. 女はお玉といい、父を楽にするため高利貸の末造に囲われていたが、ある日自分の立場を思い知らされる。
  3. 鳥籠を襲った蛇を岡田が退治したのを縁に、お玉は岡田に近づきたいと願い、末造の留守を待つ。

登場人物

僕
語り手。上条で岡田と壁一つ隔てて住む学生で、古本屋で顔を合わせるうちに親しくなった。
岡田
上条に下宿する医科大学の学生。競漕の選手で、毎日ほぼ同じ道筋を散歩する。
お玉
飴細工屋の一人娘。妻子のある巡査に騙された過去があり、末造に囲われて無縁坂に住む。
末造
もとは大学の寄宿舎の小使で、学生に金を貸して高利貸になった男。妻子がいる。
お常
末造の女房。夫が無縁坂に女を囲っていると知り、嫉妬に苦しむ。
梅
お玉の家に置かれた十三歳の小女。
石原
柔術に凝っている学生。不忍池の雁を取ろうと言い出す。

読みどころ

窓の内から通りを見るだけの女と、毎日決まった道を歩く学生がいる。二人は会釈を交わすところまでは近づくが、その先へ進むきっかけをなかなか持てない。父のために妾になったお玉は、近所の肴屋に「ここの内には高利貸の妾なんぞに売る肴はないのだから」と言われ、自分の立場を知る。そこから人に頼らず自分で考える女に変わっていく。この物語の中心にあるのは、その心の動きである。

語り手の僕は、岡田の隣室に住む友人である。自分が見たことと後で聞いたことを合わせて物語を組み立てている。そのため話の途中で、お玉、末造、女房のお常の内側にも入っていく。末造が妻の嫉妬をなだめる夜の場面や、紅雀を買って機嫌を直す場面も読みどころだ。人物を冷たく突き放さずに描いている。題名になった雁が出てくるのは終わり近くの不忍池で、そこまでの細かな積み重ねが効いてくる。

森鷗外が明治の終わりから大正の初めに書いた中編で、文芸誌「スバル」に連載された。明治十年代の本郷や上野の町並みを、店の名前や散歩の道筋まで細かく書き込んでいる。当時の地図を思い浮かべながら読むのも楽しい。漢語が多くて文章は重いが、会話の部分は今の言葉に近く、場面を追っていけば読み進められる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

末造が千葉へ出かけて留守にする日が来る。お玉は梅を親元に泊まりに帰し、髪を結いに出て、岡田が通るのを家の前で待つ。ところがその日、上条の夕食に僕の嫌いな青魚の未醤煮が出た。僕は散歩に出ることにして、岡田を誘う。二人で無縁坂を下りるとき、お玉は岡田をじっと見つめていた。しかし連れがいたので、岡田は帽を取って礼をしただけで足を早めた。

不忍池の端で二人は石原に会う。石原に促されて岡田が雁の群れに石を投げると、一羽に当たる。暗くなるのを待つあいだ、岡田は僕に打ち明けた。ドイツの教授に雇われて卒業前に洋行することが決まり、翌日には上条を出るという。暗くなってから石原が池に入って雁を取ってくる。岡田は外套の下に雁を隠し、三人で無縁坂を通った。お玉は自分の家より先まで出て待っていたが、岡田は帽の庇に手を掛けただけで通り過ぎた。

翌日、僕が大学から帰ると岡田はもういなかった。夕食の青魚の煮肴がきっかけになって、岡田とお玉は二度と会うことがなかった。僕は三十五年後にこの物語を書いている。後半は岡田が去った後にお玉と知り合って聞いた話だと述べるが、どうして知り合ったのかは語らない。

読んでみる

青空文庫で無料で読む図書カード:雁

本で読む

注や解説の付いた文庫は、言葉の意味や時代背景を確かめながら読めます。

次に読むなら

公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日