はんけち
手巾
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,303字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字旧仮名
初出: 「中央公論」1916(大正5)年10月
三行でいうと
- 法科大学教授の長谷川謹造は、初夏の午後にヴエランダの籐椅子でストリントベルクの作劇術を読んでいる。
- そこへ見知らぬ婦人が訪ねてくる。教え子の西山憲一郎の母で、息子が亡くなったことを知らせに来たのである。
- 息子の死を語る婦人は、涙も見せず口元に微笑さえ浮かべている。日頃から武士道を説く先生は、それを不思議に思う。
登場人物
- 長谷川謹造
- 東京帝国法科大学の教授で、日本の武士道によって東西両洋の橋渡しになろうと考えている。
- 西山篤子
- 西山憲一郎の母で、丸髷に結った四十恰好の上品な婦人である。
- 西山憲一郎
- イブセンやストリントベルクの評論を書いていた学生で、この春に腹膜炎で大学病院へ入院した。
- 奥さん
- 先生が留学中に米国で結婚したアメリカ人で、日本と日本人を愛している。
読みどころ
人は悲しみをどう表に出すのか。この作品は、息子を亡くした母の振る舞いと、それを見て感心する学者の心の動きを描く。先生が見つけて感心したものは、最後の数行で違って見えはじめる。
注目したいのは、語り手が先生を描くときの距離である。先生は日本の文明や武士道を堂々と論じる一方で、芝居にはまるで疎い。教え子の小説に出てきた梅幸が誰なのかを、本人に尋ねるほどである。客を待たせるあいだの落ち着かない様子や、茶を飲むか迷う一瞬も細かく書かれている。題名の手巾がどの場面でどう扱われるかにも、目を留めて読みたい。
芥川龍之介が大正五年に発表した初期の短編である。冒頭から先生が読んでいるストリントベルクの本と、ヴエランダに吊された岐阜提灯は、話の初めと終わりの両方に出てくる。短い作品なので、最後の段落まで一息に読める。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
話の途中で、先生は手から朝鮮団扇を床に落とす。拾おうとして身をかがめたとき、婦人の膝の上の手が激しく震えているのが目に入った。婦人は手巾を両手で裂かんばかりに握りしめている。顔では笑いながら、婦人は全身で泣いていた。先生は見てはならないものを見た敬虔な気持ちになり、そこに満足も混じった表情で、低い声でいたわりの言葉をかける。
二時間後、先生は夕食の席で奥さんにこの出来事を話し、「日本の女の武士道」として褒める。奥さんも熱心に耳を傾け、先生は満足する。先生は雑誌から頼まれていた寄稿のことを思い出し、今日の件を材料に書こうと考える。
先生は名刺をはさんでおいた頁を開く。そこには、顔では微笑しながら手では手巾を二つに裂くという、ハイベルク夫人の二重の演技のことが書いてあった。ストリントベルクはそれを「臭味」と呼んでいる。先生は湯上がりののんびりした気分を乱す何かを感じる。不快そうに二、三度頭を振り、岐阜提灯の明るい灯をじっと眺めはじめる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日