かいんのまつえい
カインの末裔
- 読了時間
- 約1時間4分
- 文字数
- 31,877字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「新小説」1917(大正6)年7月
三行でいうと
- 北海道の晩秋、広岡仁右衛門は痩せた馬を引き、妻と赤坊を連れて松川農場の小作人になる。
- 冬の出稼ぎで金を作った仁右衛門は、馬とプラオを買って畑を耕し、隣の佐藤の妻と通じる。
- 小作料の値下げを求める仲間には加わらず、長雨と不作の年には博奕にのめりこんでいく。
登場人物
- 仁右衛門
- 六尺近い大男の小作人で字が読めず、村では「まだか」と呼ばれて恐れられる。
- 仁右衛門の妻
- 赤坊を背負って夫の後をついて歩き、薪集めや畑仕事を黙々とこなす。
- 川森
- 仁右衛門の縁者の老人で、五十銭銀貨を渡したりプラオを貸すと申し出たりする。
- 笠井
- 天理教の世話人もする物識りの小作人で、小作料の値下げを求める総代になる。
- 佐藤与十
- 仁右衛門の小屋の近くに住む小柄な小作人で、子供の多さは農場一である。
- 佐藤の妻
- 体のがっしりした酒好きの女で、夜の集会所で仁右衛門と会う。
- 帳場
- 農場の事務所にいて、小作の契約や小作料の取り立てを取り仕切る男。
- 松川
- 函館に住む金持ちの場主で、農場の持ち主である。
- 笠井の娘
- 笠井の娘で、数年前から函館の松川の家に奉公している。
読みどころ
仁右衛門は、農場の掟にも隣人づきあいにも従わない男である。人に頭を下げず、腹が立てば殴り、欲しいものは奪う。それでも畑では誰よりも働き、いつか独立した農民になる夢を持っている。人の世の決まりと折り合えない者が、北海道の厳しい自然と農場の仕組みの中でどう生きるのか。その問いが全編を貫いている。
読みどころの一つは、人物と同じ重さで描かれる北海道の自然である。冒頭の西風が吹く草原、長雨、虫の湧く夏、吹雪の冬が、そのまま仁右衛門の暮らしの浮き沈みに重なっていく。台詞はほとんどが土地の言葉で、慣れるまでは読みにくい。ただ、ふだん無口な仁右衛門が酔ったときや、赤坊のそばにいるときに見せる別の顔は見逃せない。馬との関わりにも注目したい。
有島武郎は白樺派の作家で、父が北海道の狩太に開いた農場を持っていた。原文の末尾には、1917年6月に書き終えた日付が記されている。題名のカインは旧約聖書に出てくる人物だが、本文には一度も出てこない。題名と仁右衛門の姿を重ねながら読むと、作品の見え方が変わってくる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
赤坊が赤痢にかかる。笠井が護符でお腹をなで、祈禱をした水を飲ませるが、赤坊は血を下し続けて夜に息を引き取る。仁右衛門は赤坊を背負って共同墓地に埋めに行き、穴を掘り終えたところで、笠井が赤坊を殺したと泣き叫ぶ。その後は博奕で亜麻の儲けを失う。競馬の日には、事務所に納めるはずの燕麦を商人に売り渡す。続く競馬では場主の子供が埒に入り込み、助けに駆け込んだ笠井の娘の着物に先頭の馬が驚く。その馬が前に出てきたため仁右衛門は落馬し、自分の馬は前脚を二本とも折る。彼は事務所の硝子戸に石を投げつけて割る。
その晩、笠井の娘が河添いの林で失神しているのが見つかる。大きな男に辱められたと分かり、証拠のないまま仁右衛門に疑いがかかる。仁右衛門は小作料を一文も納めず、川森にも保証を取り消され、村中から孤立していく。冬になり、彼は函館の場主の屋敷へ小作料の軽減を談判しに行く。しかし場主は「何しに来た」と睨みつけ、魂を入れかえて出直せと怒鳴って高笑いする。仁右衛門は打ちのめされて小屋に帰る。
吹雪の朝、仁右衛門は脚の立たなくなった馬の眉間に斧を打ち込み、妻に手伝わせて皮を剥ぐ。二人は雑穀を荷にまとめる。仁右衛門は一度小屋に戻り、藁繩の端を囲炉裡にくべ、もう一方の端に刻んだ藁をふりかけてから外へ出る。妻は共同墓地の下を通るとき、手を合わせて声を上げて泣く。馬も赤坊も失った二人は、吹雪の中を倶知安の方へ歩き、椴松の林の中に消えていく。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日