ぶんちょう
文鳥
- 読了時間
- 約22分
- 文字数
- 10,502字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「大阪朝日」1908(明治41)年6月
三行でいうと
- 早稲田に移った自分は、三重吉に勧められて文鳥を飼うことにする。金を渡したが、鳥と籠はなかなか届かない。
- 初冬の晩、三重吉が籠と箱と白い文鳥を届けに来る。寝坊の自分が、毎朝の餌と水の世話を引き受ける。
- 文鳥のしぐさに昔の女を思い出す自分だが、小説に追われるうちに、世話をしだいに家のものへ任せていく。
登場人物
- 自分
- 語り手。早稲田の伽藍のような書斎で毎日小説を書いており、朝は寝坊をする。
- 三重吉
- 自分に文鳥を飼うよう勧め、鳥と籠と箱をそろえて世話の仕方を細かく教える。
- 豊隆
- 三重吉に連れられて籠を運んで来る。餌壺と水入を自分の前に並べる。
- 文鳥
- 真白な体に黒い眼の鳥。縁側の籠で暮らし、ちちと鳴いたり千代千代と鳴いたりする。
- 筆子
- 自分の家の子供。文鳥を埋めたあとに立てた公札の字を書いた。
読みどころ
小さな白い鳥を飼い始め、やがて死なせるまでの話である。筋は短く、事件らしい事件はほとんど起きない。読みどころは、文鳥を見つめる目の細かさにある。その文鳥が死んだとき、自分が誰を責め、何を責めないのか。そこが静かな問いとして残る。
文鳥が粟をつつく場面では、その音が小さな人が黄金の槌で碁石を敲くようだとたとえられる。語り手は、文鳥が淡雪の精のような気がしたとも書く。こうした描写の合間に、紫の帯上げでいたずらをした昔の女の記憶が何度か差し込まれる。最初の場面で三重吉が話す漆の色の変化も覚えておきたい。終わり近くでもう一度出てくる。
夏目漱石が早稲田に移ってからの暮らしを材にした小品である。三重吉と豊隆は、漱石の門下にいた鈴木三重吉と小宮豊隆にあたる。長編を読む前に、漱石の文章の運びを短い作品で味わうのにも向いている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
文鳥はよく囀るようになるが、よく忘れられもする。餌壺が殻だけになる日も、寒い夜に箱へしまい忘れる日もあった。ある晩、縁側で物の倒れる音がしても、自分は小説を書き続けて立たなかった。夜中に見に行くと籠は箱から落ちて倒れていた。文鳥は籠の桟にかじりついていた。自分は明日から縁側に猫を入れまいと決める。
文鳥は鳴かなくなり、やがて籠の底に腹を押しつけるようになった。その朝、自分は三重吉に呼ばれて家を出る。例の件は娘の縁談の話で、長引いたため帰りは夜になった。文鳥のことはすっかり忘れていた。翌日も昼過ぎに帰ると、文鳥は籠の底で足をそろえて死んでいた。餌壺には殻しかなく、水入は涸れている。台の漆は三重吉の言ったとおり朱の色に変わっていた。
自分は死んだ文鳥を十六になる小女の前に放り出し、餌をやらないから死んだと睨みつけた。三重吉には、家人が餌をやらないから死んだ、残酷の至りだと端書を書く。子供たちが裏庭に文鳥を埋め、翌朝そこには「この土手登るべからず」と書いた筆子の公札が立っていた。午後に届いた三重吉の返事には「文鳥は可愛想な事を致しました」とあるだけだった。家人が悪いとも残酷だとも書いていなかった。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日