あおべかものがたり
青べか物語
- 読了時間
- 約5時間20分
- 文字数
- 159,911字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文藝春秋」1960(昭和35)年1月号~1961(昭和36)年1月号
三行でいうと
- 「蒸気河岸の先生」と呼ばれる私は、根戸川のいちばん下流にある漁師町の浦粕で独りぐらしを始める。
- 芳爺さんにうまく言いくるめられ、町の子供たちに笑われている不恰好なべか舟「青べか」を買わされる。
- 舟を馴らしながら町を歩くうちに、漁師や船頭やごったくやの女たちの暮らしと噂が次々に耳に入ってくる。
登場人物
- 私
- 町の人たちから「蒸気河岸の先生」と呼ばれ、あしかけ三年あまり浦粕に独りで住む語り手である。
- 芳爺さん
- 「大蝶」の倉庫番をしている老人で、私にタバコをねだりながら青べかを売りつける。
- 長
- 釣舟宿「千本」の三男で小学三年生。土地の出来事を私にいち早く知らせてくる。
- 倉なあこ
- 「千本」の若い船頭で、無口で男ぶりがよく、町のみんなに好かれている。
- 高品さん
- 浦粕の名家の長男で蒸気河岸に住み、新聞の童話の仕事を私に世話する。
- 留さん
- 三十六号船の水夫で、目の衰えたブル船長に代わって舳先から舵の合図を叫ぶ。女に脆い。
- 幸山船長
- 東湾汽船に四十年あまり勤めた老人で、退職後は芦畑に繋いだ廃船の十七号で独りぐらしをしている。
読みどころ
浦粕は、町の人々がよそ者からうまく金をせしめることに慣れた漁師町である。同時に、深い悲しみを抱えた人も暮らしている。語り手の私は舟を買わされ、鮒を高値で買わされ、そのたびに罠にかかったと嘆く。その一方で、妻と四人の子を一度に失った男が口にする「人はなんによって生くるか」に心を痛める。笑いと哀しみが同じ町の中に並んでいるところが、この作品の魅力である。
本作は短い章を積み重ねた構成で、章ごとに町の誰かが主役になる。台詞の多くは土地の言葉で書かれていて、声に出すと人物の調子がよく伝わる。私はたびたび、これは作り話ではないと断る。「事実を書く」ことの難しさを嘆く場面もある。少年たちの顔つきが鮒の値段の交渉で変わる場面や、廃船の甲板で幸山船長が昔の合図の鐘を鳴らす場面には、特に注目して読みたい。
山本周五郎は時代小説で知られる作家だが、この作品は現代の漁師町を舞台にしている。私がこの町で書きためたノートをまとめた形をとり、最後の章では三十年後に町を再訪する。1960年に『文藝春秋』に連載された作品である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
子供たちは青べかに石や泥を投げつけ、私がふなばたに「ロジナンテ」と書いても扱いは変わらない。私が舟への憐れみを捨て、これはただの青べかだと認めたとき、舟はようやく思いどおりに動くようになる。その後も私は町の人々の恋や騒ぎを見聞きし、芦畑の廃船に住む幸山船長からは、嫁いだ初恋の人と船と土堤とで姿を見せあった話を聞く。
やがて私は町の暮らしに飽き、田舎にいてはだめだと悟る。そして誰にも告げずに、荷物を置いたまま歩いて浦粕を去る。八年ほど後に町を訪ねたとき、留さんは自分を書いた小説を家宝にすると言う。籠屋のおたまの両親は、私のことを覚えていなかった。
三十年後にもう一度訪ねると、町はすっかり変わっていた。四十を過ぎた長は私を思いだせないまま、沖の百万坪を案内し、水をかぶった畦道で私を背負って渡る。留さんは亡くなり、おたまは行方が知れないと聞かされる。青べかがどうなったかは分からないまま、私は今度は釣客として来るつもりだと記して物語を閉じる。
読んでみる
青空文庫で無料で読む図書カード:青べか物語本で読む
注や解説の付いた文庫は、言葉の意味や時代背景を確かめながら読めます。
次に読むなら
公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日