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わすれえぬひとびと

忘れえぬ人々

国木田独歩

読了時間
約19分
文字数
9,331字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「国民之友」1898(明治31)年4月

三行でいうと

  1. 三月の初め、雪の残る溝口の宿場で、洋服姿の旅の男が日暮れに旅人宿の亀屋へ泊まる。
  2. 無名の文学者の大津は、隣の部屋に泊まる無名の画家の秋山と酒を飲み、風雨の夜に話し込む。
  3. 大津は原稿『忘れ得ぬ人々』を手に取り、赤の他人なのに忘れられない人々の話を始める。

登場人物

大津弁二郎
三十に少し足りない年ごろの無名の文学者で、洋服に草鞋の旅装で亀屋に泊まる。
秋山松之助
二十五か六の無名の画家で、丸く肥えた赤ら顔の青年である。
亀屋の主人
六十ばかりの肥えた老人で、無愛想だが大津には正直なお爺さんに見える。

読みどころ

親や恩師なら忘れないのが当たり前だ。けれども、恩も義理もない赤の他人を、なぜか忘れられないことがある。大津の原稿は「忘れ得ぬ人は必ずしも忘れてかなうまじき人にあらず」の句で始まる。誰の記憶にもありそうな見知らぬ人の姿を、この作品はまっすぐに取り上げている。

話は二重になっている。外側は、嵐の夜に宿で出会った二人の青年の語らいである。内側は、大津が語る旅の思い出だ。瀬戸内の島や阿蘇の夕暮れ、三津が浜の朝市が細かく描かれ、人物はいつも景色の中に小さく立っている。大津が語りながら原稿を見つめ、風雨の音に聞き入る様子にも注目したい。最後の数行まで読むと、冒頭の宿の場面が違って見えてくる。

国木田独歩は、自然と人の暮らしを静かに見つめた明治の作家である。この作品は1898年に雑誌『国民之友』に発表された。短い中に旅の風景と人生への思いが詰まっていて、独歩の作品の入口として読みやすい。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

大津は、忘れ得ぬ人々の三人を話す。一人目は、十九の春に瀬戸内の汽船から見た男だ。小さな島の磯で何かを拾っていた。二人目は、阿蘇山を下りた夜に橋の上で見送った若者である。馬子唄を歌いながら荷車を引いていた。三人目は、四国の三津が浜の朝の雑踏で、誰にも顧みられずに琵琶を弾いていた僧である。

大津はそこで話をやめる。北海道歌志内の鉱夫や大連湾頭の青年漁夫など、まだいくらもいると言う。そして忘れられない理由を語る。夜ふけに独りでいると生の孤立を感じ、人懐かしくなる。その時に浮かぶのが、景色の中に立つこれらの人々である。我も他もなく誰もが懐かしくなり、その時ほど心の平穏と自由を感じることはないと大津は言う。

それから二年が経つ。大津は東北のある地方に住み、秋山との付き合いはすっかり絶えている。雨の晩、大津の机の上には『忘れ得ぬ人々』の原稿がある。その最後に書き加えられていたのは「亀屋の主人」で、秋山ではなかった。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日