まいひめ
舞姫
- 読了時間
- 約33分
- 文字数
- 16,130字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「國民之友第六拾九號」民友社、1890(明治23)年1月3日
三行でいうと
- 明治の官吏太田豊太郎は、官命でベルリンに留学し、法律を学ぶうちに自分の生き方を疑い始める。
- ある夕暮れ、古寺の前で泣く踊り子エリスを助けて交わりが始まり、それがもとで豊太郎は官を解かれる。
- 友人相沢の世話で大臣に用いられるようになった豊太郎は、身ごもったエリスとの暮らしと帰国の道の間で揺れる。
登場人物
- 太田豊太郎
- 語り手。官命でベルリンに来た官吏で、帰国の船の中でこの手記を書く。
- エリス
- ヰクトリア座の踊り子。父の葬式の費用に困り、古寺の門で泣いていたところを豊太郎に助けられる。
- エリスの母
- 仕立物師の妻だった老女。豊太郎を自分たちの家に住まわせる。
- 相沢謙吉
- 豊太郎の友人で天方伯の秘書官。官を解かれた豊太郎に新聞社の通信員の職を世話する。
- 天方伯
- 大臣。ベルリンを訪れ、豊太郎に翻訳を任せてロシアへの旅に連れて行く。
- シャウムベルヒ
- ヰクトリア座の座頭。エリスの家の困窮につけこんで身勝手な申し出をする。
読みどころ
留学先で自由な学問の空気にふれた豊太郎は、それまでの自分を「所動的、器械的の人物」だったと気づく。踊り子エリスとの暮らしは、その気づきのあとに自分で選んだ生き方にも見える。ところが友の忠告や大臣の問いを前にすると、彼はすぐにうなずいてしまう。自分で決められない心が、愛する人に何をもたらすのか。物語はその問いを最後まで追っていく。
話は、帰国の船がセイゴンの港に泊まった夜に、豊太郎がひとりで書きつける手記の形をとる。冒頭の「石炭をばはや積み果てつ。」から最後まで、文章は文語で書かれている。にぎやかなウンテル・デン・リンデンと、薄暗いクロステル巷の対比に注目したい。豊太郎は「わが心は処女に似たり」と書き、自分の弱さを何度も認める。語り手が自分を責めながら語る書き方も読みどころだ。
森鷗外は陸軍の軍医としてドイツに留学した。この作品は帰国後の1890年に、雑誌『国民之友』に発表された。鷗外が最初期に書いた小説のひとつである。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
ロシアから戻った新年の朝、エリスは生まれる子のための襁褓を積み上げて豊太郎を迎える。数日後、天方伯は豊太郎にともに東へ帰る気はないかと問う。相沢から係累は無いと聞いて安心したと言われ、豊太郎は本国も名誉も失うことを恐れて「承り侍り」と応える。
雪の夜を思いに沈んでさまよい、夜半を過ぎて家にたどり着いた豊太郎は、エリスの前で倒れる。意識が戻ったのは数週間の後で、エリスはひどく痩せ衰えていた。豊太郎が倒れている間に、エリスは訪ねてきた相沢から友との約束と大臣への承諾を聞いていた。エリスは「わが豊太郎ぬし、かくまでにわれをば欺きたまいしか」と叫んで倒れ、医者はパラノイアと診断して治る見込みはないと告げた。それからのエリスは襁褓を身につけて離さず、ときおり「薬を、薬を」と言うだけになる。
病の癒えた豊太郎は、相沢と相談してエリスの母に暮らしを立てるだけの元手を渡す。生まれる子のことも頼み、大臣とともに帰国の途につく。手記は、相沢ほどの良友は世に得がたいとしながら、彼を憎む心が今日まで残っていると結ばれる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日