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てんさいとこくぼう

天災と国防

寺田寅彦

読了時間
約15分
文字数
7,377字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「経済往来」1934(昭和9)年11月

三行でいうと

  1. 昭和九年、函館の大火と北陸の水害に続いて、九月二十一日に近畿地方を大風水害が襲った。筆者はここから書き起こす。
  2. 筆者は、文明が進むほど天災の被害は大きくなると説く。いまの日本は高等動物と同じで、一か所の傷が全体に響く。
  3. 関東大震災でも今度の風害でも、古い村家や神社は残り、新式の家屋や学校が倒れた。筆者はその違いの理由を探っていく。

登場人物

自分
語り手。関東大震災のあと、横浜から鎌倉にかけて被害の様子を見に行った。
ある友人
小学校が数多く倒れたことを「国辱中の大国辱だ」と言って憤慨した。

読みどころ

天災はなぜ、時代が進むほど大きな害をもたらすのか。寺田寅彦はこの問いに、「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」と答える。岩山の洞窟や掘っ立て小屋に住んでいたころは、地震で失うものがほとんどなかった。人が自然に逆らう造営物を作り、社会が細かく分かれてつながるほど、一つの故障が全体を揺るがすようになる。

読むときは、たとえの使い方に注目したい。国中の電線や交通網は高等動物の神経や血管になぞらえられ、観測所の並び方は街道の守りにたとえられる。筆者はまた、自分の目で見た被害を手がかりに論を進める。丘のふもとの古い村家は残り、田んぼの中の新しい家が壊れていた。この観察から、時の試練に堪えた場所と建物という見方が出てくる。

寺田寅彦は物理学者で、夏目漱石の門下として随筆を多く書いた。この文章は昭和九年十一月に『経済往来』に発表された。災害を忘れがちな人間への戒めとして、いまもよく引かれる一編である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

今度の風害では、小学校の倒壊がとくに多かった。筆者が数えると、普通の家屋が全壊百三十五に対して、学校の全壊が一の割合になる。不正な施工や吹き抜き廊下のせいだとする説もあるが、根本の原因は烈風の可能性を忘れていたことだと筆者は見る。そのうえで、西洋直伝の風圧計算だけに頼った工学者に反省を求める。大阪や高知県東部の高潮の被害についても、明治以後に急に広がった新市街地がひどかったのではないかと推し量る。信州や甲州でも、停車場付近の新開町より古い村落のほうが被害は少なかった。

筆者は、この風害が戦禍と重ならなかったことを何よりの幸せと書く。戦争は人の力で避けうるが、天災は予告なしにやって来る。安政元年のような大地震が来れば、電信も鉄道も水道もある今の日本は全体が麻痺しかねない。そこで筆者は、陸軍と海軍のほかに科学的国防の常備軍を設けるべきだと提案する。日本の観測所は島弧の上に一列に並ぶだけで、筆者はこれを中央線の沿線にだけ哨兵を置くようなものだとたとえる。洋上の浮き観測所も、五十年百年の後には常識になるだろうと見通す。

最後に筆者は、人類の進歩につれて愛国心も大和魂も進化すべきだと述べる。天然の強敵に対して、ふだんから国民が力を合わせて科学的な対策を講じる。筆者はそれも現代にふさわしい大和魂の姿だとし、二十世紀の文明国民にはもっと合理的な愛国心の示し方があるはずだと書いて結ぶ。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日