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いんえいらいさん

陰翳礼讃

谷崎潤一郎

読了時間
約1時間2分
文字数
30,829字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「経済往来」1933(昭和8)年12月号、1934(昭和9)年1月号

三行でいうと

  1. 自分で家を建てた筆者は、電燈や煖房や便器を日本座敷になじませようと、あれこれ苦心する。
  2. 東洋に独自の科学文明があったらと想像し、紙や漆器や羊羹の色は闇の中でこそ美しいと説く。
  3. 話は庇の深い蔭や床の間、金屏風、能の衣裳を経て、闇の奥に暮らした昔の女の姿へ広がる。

登場人物

私
語り手で、家を建てた際に電燈や煖房や便器を日本座敷に調和させようと苦心した。
偕楽園主人
私の友人で、煽風器を嫌って客間に付けずにいたが、客の苦情に負けて使うようになった。
漱石先生
毎朝の便通を楽しみの一つに数え、それを生理的快感と言ったと紹介される。
金剛巌
「皇帝」の能で楊貴妃に扮した能役者で、私はその手の美しさを今も忘れないと書く。
母
明治二十年代に日本橋の家の奥で針仕事をしていた人で、背が低く鉄漿を附けていた。
アインシュタイン博士
汽車で石山のあたりを通ったとき、白昼にともる電燈を指さして不経済だと言った。

読みどころ

部屋を明るくするほど見えなくなるものがある。谷崎潤一郎はそれを、日本の家や器や芸能の中から一つずつ拾い上げていく。漆の椀や羊羹の色は、暗がりに置いてこそ深みを帯びると筆者は説く。美は物そのものより、物と物とが作る陰翳の中にある。この考えが全体を貫いている。

読むときは、具体的な場面の描写に目を留めたい。「わらんじや」の座敷で、燭台の灯の下に塗り物の膳を見つめる場面がある。吸い物椀の蓋を取り、暗い底に澱む汁を眺める瞬間の描写もある。書院の障子のほの白さや、奥の間の金屏風が遠い庭の明りを照り返すさまも細かく書かれている。話題は厠から能や文楽、昔の女の化粧へと飛ぶが、どれも光と蔭の話へ戻ってくる。筆者は自説を何度も愚痴と呼び、負け惜しみとも言う。

『陰翳礼讃』は1933年から翌年にかけて、雑誌『経済往来』に発表された。小説家の谷崎潤一郎が日本の美について書いた随筆として、今も広く読まれている。作中では自作の『倚松庵随筆』や、『文藝春秋』に書いた万年筆と毛筆の比較にも触れている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

後半で筆者は、なぜ東洋人だけが暗がりに美を求めるのかを問う。現状に甘んじる気質に加えて、皮膚の色の違いを理由に挙げる。横浜の山手で外国人と交わった頃、遠くから見ると日本人の女性はすぐ見分けがついたと回想する。そこから古人は闇の奥に女を籠らせ、眉を剃り鉄漿を附け、青い口紅で顔を白く浮き立たせたと考える。島原の角屋の「松の間」で見た、燭台の灯に照らされた闇の色も描かれる。

続いて話は、電燈を浪費する今の日本に移る。巴里から帰った武林無想庵の話と、白昼の電燈を指さしたアインシュタイン博士の逸話が並ぶ。石山寺が観月の客に拡声器でレコードを聴かせると新聞で知り、筆者は月見を取りやめる。夏の都ホテルのロビーは照明が多すぎて暑いと、例に挙げて忠告もする。

最後は老人の愚痴の形を取る。交差点の信号の見にくさを嘆き、吉野の柿の葉鮨の作り方まで披露する。そのうえで、西洋文化に沿って歩み出した以上、損は背負って行くしかないと認める。筆者は失われつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へ呼び返したいと述べる。文学の殿堂の檐を深くし、壁を暗くしてみたいと続けて、「試しに電燈を消してみることだ」と結ぶ。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日