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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎潤一郎

読了時間
約3時間40分
文字数
109,998字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

三行でいうと

  1. 要と美佐子の夫婦は互いに愛し合えず、夫も認めたうえで妻は阿曽と会い続けている。
  2. 妻の父に誘われて文楽を見た要は、嫌っていたはずの人形浄瑠璃に惹かれていく。
  3. 上海から来た従弟の高夏に決着を迫られても、夫婦は別れる時機を決められずにいる。

登場人物

要
斯波家の主人で、結婚の初めから妻を性的に愛せず、別れ話を先へ延ばし続けている。
美佐子
要の妻で、夫の許しを得て恋人の阿曽と会うために須磨へ通っている。
弘
夫婦の一人息子で小学四年生。両親のあいだの異変に感づいている。
高夏
要の従弟で、上海で商売をしている。前の妻の芳子と別れた経験がある。
老人
美佐子の父で、京都の鹿ヶ谷に隠居して人形浄瑠璃や古い品を好む。
お久
老人の妾で京都生れ。老人の好みに合わせて料理や地唄を仕込まれている。
阿曽
美佐子の恋人。将来も飽きないという約束はできないと美佐子に話している。
ルイズ
神戸のミセス・ブレントの家にいる女で、要が人目を避けて通っている。

読みどころ

この夫婦は憎み合っているわけではない。趣味も考えも合うのに、互いを男と女として愛することだけができない。別れるほうがよいと二人ともわかっていながら、どちらも捨てる側に回りたくない。そうして季節や子どもの休みを理由に、別れる日を先へ延ばし続ける。高夏が「何しろ手数のかかる夫婦だよ」とあきれるほどのためらいが、細かく描かれていく。

読むときは、要が人形を見つめる場面に目を留めたい。弁天座で見た文楽の小春、淡路の小屋がけの芝居、そして老人に仕えるお久が、要の目には一つながりのものとして重なっていく。西洋の映画を好み、上方の義太夫を嫌っていた男が、少しずつ古い日本の美しさへ引き寄せられていく。夫婦の別れ話と並んでこの変化が進み、最後の場面でその二つが一つに結びつく。

谷崎潤一郎は関東大震災のあと関西へ移り住み、その土地の風俗や古典の芸能を作品に取り入れるようになった。この作品は東京生れの夫婦を通して、上方の暮らしと人形浄瑠璃を描いている。のちの『吉野葛』や『春琴抄』へつながる、関西の古い美しさへの傾きが見て取れる長編である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

要は京都の老人に、夫婦が別れようとしていることを手紙で知らせる。老人は嘆きと詫びを書いた返事を寄越し、美佐子を連れて来るように求める。その頃、美佐子から要に知らされる。高夏は春に弘を東京へ連れて行った晩、両親が別々に住むかもしれないと弘に話していたのだった。要は鏡台の抽出しに隠してあった高夏の手紙を見つけて読む。そこには美佐子が高夏にだけ打ち明けた後悔も書かれていて、読み終えた要は涙を流す。

夫婦は京都の老人の家を訪ねる。老人は要の物の運び方が理詰めに過ぎたと言い、考え直す余地はないかと尋ねる。そのうえで美佐子を連れ、南禅寺の瓢亭へ二人で話しに出かける。残された要は丁子風呂に入り、お久の手料理で酒を飲む。風呂の中では、ここが第二の妻を迎えた自分の新居のような空想が湧く。やがて二人とも泊まると電話が入る。要は、妻よりも強い決意が自分の胸にも宿っていることをはっきり感じる。

お久に案内された離れの部屋には蚊帳が吊られ、二つの布団が並べて敷いてあった。床脇の暗がりに浮かぶお久の顔を見た気がしたが、それは老人が淡路から持ち帰った人形だった。夕立が降り出し、本を抱えたお久が戻って蚊帳の向こうに座るところで物語は終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日