しゅんきんしょう
春琴抄
- 読了時間
- 約1時間33分
- 文字数
- 46,206字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「中央公論」中央公論社、1933(昭和8)年6月
三行でいうと
- 大阪道修町の薬種商の娘、春琴は九歳で失明する。琴と三味線に打ち込み、丁稚の佐助が手を曳いて稽古に通う。
- 佐助は夜ごとに隠れて三味線を覚え、春琴が師匠になる。厳しい稽古が続き、二人は主従のまま深い仲になる。
- 独り立ちした春琴は、驕慢な振る舞いで多くの恨みを買う。梅見の宴の一月半後、何者かが寝所に忍び込む。
登場人物
- 春琴
- 本名は鵙屋琴。九歳で失明し、生田流の琴と三味線の名手になる。気位が高く、弟子への稽古は苛烈である。
- 佐助
- 江州日野から来た鵙屋の丁稚で、春琴より四つ年上である。春琴の手曳きを務め、後に温井検校となる。
- 春松検校
- 春琴と佐助の琴三味線の師匠。春琴の才を愛し、自分の名の一字を与える。
- 鴫沢てる
- 十二歳で春琴の家に内弟子として住み込み、晩年の二人に仕えた。語り手に当時の話を聞かせる。
- 利太郎
- 土佐堀の雑穀商美濃屋九兵衛の息子。春琴の門に入るが、稽古中に撥で眉間を割られる。
- 安左衛門
- 春琴の父で、鵙屋の七代目。佐助を春琴の婿にと考える。
- しげ女
- 春琴の母。夜中に佐助の三味線を聞きつけ、独習が知れるきっかけを作る。
読みどころ
目の見えない師匠と、その身の回りを一人で世話する弟子の物語である。春琴は佐助を打ち、罵り、夫として扱うことを拒み続ける。佐助はそれを苦役と感じず、恩寵のように受け取る。二人の関係を献身と呼ぶか支配と呼ぶかは、読む人に委ねられている。
語り手の「私」は春琴の墓参りから話を始める。手に入れた小冊子『鵙屋春琴伝』と鴫沢てるの話を突き合わせ、伝の記述を何度も疑ってみせる。伝は佐助が材料を出したものと語り手は見ており、美しく飾った部分を証言で崩していく。読点の少ない長い文が続くので、初めは息継ぎの場所を探しながら読むことになる。
谷崎潤一郎は関東大震災の後に関西へ移り住み、大阪の言葉と町家の暮らしを作品に取り込んだ。本作もその流れにあり、末尾には昭和八年六月の日付がある。鶯の声の聞き分けや雲雀を空に揚げる遊びなど、目の見えない春琴が楽しんだ音の世界も細かく書き込まれている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
三月晦日の夜、賊が春琴の寝所に入り、沸かした湯を顔に注ぎかける。春琴は重い火傷を負った。顔を見ないでほしいと佐助に頼み、傷が癒えれば佐助にだけは見られると泣く。数日後、佐助は鏡を見ながら縫針で自分の両眼を突き、盲目になったと告げる。春琴は「佐助、それはほんとうか」と言ったきり長く黙る。二人は抱き合って泣いた。
その後、春琴は頭巾で顔を包み、一室にこもって暮らす。佐助は琴台の号で弟子の稽古を引き継ぎ、傾いた鵙屋からの仕送りに代わって家を支えた。主従の礼は崩さず、結婚もしない。春琴は作曲に打ち込み、「春鶯囀」などを残した。
明治十九年の初夏、二人が空へ放った雲雀は籠に戻らなかった。春琴は間もなく脚気を患い、十月十四日に亡くなる。佐助は二十一年を独りで生き、春琴の祥月命日に八十三歳で死んだ。二人の墓は、師弟の礼を守った形で今も並んでいる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日