しせい
刺青
- 読了時間
- 約12分
- 文字数
- 5,638字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「新思潮」1910(明治43)年11月号
三行でいうと
- 江戸の昔、清吉は名の知れた刺青師で、客が針の痛みに呻くほど愉快を感じる男だった。
- 美女の肌に己の魂を刺り込むのが清吉の宿願で、ある夏の夕べ、駕籠からこぼれた素足に心を奪われる。
- 五年目の春、その足の持ち主の娘が使いで訪ねてくる。清吉は二本の絵を見せ、娘の本性を言い当てる。
登場人物
- 清吉
- 浅草でも指折りの若い刺青師で、もとは豊国国貞の風を慕う浮世絵師だった。
- 娘
- 清吉の馴染の辰巳の藝妓から使いに来た十六か七の小娘で、近くお座敷に出る予定である。
読みどころ
美しい者は強者であり、醜い者は弱者である。冒頭で示されるこの価値観が、作品全体を貫いている。刺青師が娘の肌に魂を刺り込んだとき、娘は何に変わるのか。作り手と作られる者の力関係が入れ替わっていく過程が、この短編の中心にある。
注目したいのは、清吉が娘に見せる二本の絵である。暴君の寵妃が処刑される男を眺める絵と、「肥料」と題された絵だ。この絵を前にして、娘の顔つきが少しずつ変わっていく。足の描写や、川面の光が座敷に揺れる場面など、色と光を重ねた文章も読みどころである。
谷崎潤一郎が1910年に第二次『新思潮』に発表した初期の短編である。美への執着と、女に踏みつけられる男の姿は、この後の谷崎作品でも繰り返し描かれる主題になる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
清吉は懐に忍ばせた麻睡剤で娘を眠らせ、その背に針を刺し始める。日が暮れても手は休まず、迎えに来た箱屋も追い返される。夜が白むころ、娘の背一面に巨大な女郎蜘蛛が蟠った。仕事を終えた清吉の心は空虚だった。
目を覚ました娘は、背の刺青を早く見せてくれとせがむ。清吉は色上げのために湯殿へ連れていく。娘は湯が滲みる痛みに呻き、こんな姿を男に見られるのは口惜しいと言って清吉を二階へ追いやる。
半時ほどして、娘は身じまいを整え、苦痛の影もない晴れやかな顔で上がってくる。臆病な心はさらりと捨てたと言い、「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」と瞳を輝かす。清吉が帰る前にもう一度刺青を見せてくれと頼むと、女は黙って肌を脱ぐ。朝日が射して、女の背は燦爛と輝いた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日