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なんきんのきりすと

南京の基督

芥川龍之介

読了時間
約20分
文字数
9,840字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字旧仮名
読む速さ

初出: 「中央公論」1920(大正9)年7月

三行でいうと

  1. 南京の貧しい部屋で、十五歳の宋金花は父を養うために客をとっている。壁には小さな十字架が懸かる。
  2. 悪い病にかかった金花は、客に移せば治ると聞く。だが人を不幸にしないため、客をとらないと決める。
  3. 家計が苦しくなった秋の夜更け、酔った外国人が部屋に入ってくる。金花はその顔に見覚えがあった。

登場人物

宋金花
南京の奇望街で父のために客をとる十五歳の娘で、亡き母に教えられたカトリックの信仰を持ち続けている。
陳山茶
金花の朋輩で、病は客に移し返せば治ると金花に話す。
毛迎春
金花の朋輩で、自分が飲んだ薬の残りをわざわざ金花に持ってくる。
若い日本の旅行家
春に上海の競馬見物を兼ねて南部支那へ来て、金花の部屋に一夜泊まった男である。
外国人
秋の夜更けに酔って金花の部屋へ入ってくる男で、西洋人か東洋人か見分けがつかない。

読みどころ

金花は客をとる暮らしの中でも、基督は自分の心を汲みとってくれると信じている。病を得てからは、他人を不幸にしないために、飢えても客をとらないと決める。その素朴な信仰が物語の終わりにどう扱われるのか。それがこの短編の中心にある。

序盤で金花は旅行家に「この商売をしなければ、阿父様も私も餓ゑ死をしてしまひますから。」と答える。この言葉を覚えておくと、後の決心の重さが分かる。言葉の通じない客と指の数だけでやりとりする場面は、緊張と滑稽さが入り混じっていて読みどころだ。暗いランプや西瓜の種、壁の十字架といった小道具も、場面ごとに繰り返し出てくる。

芥川龍之介はキリスト教を題材にした短編を多く書いており、『奉教人の死』もその一つである。本作の末尾には大正九年六月の日付と、谷崎潤一郎『秦淮の一夜』に多くを負うとの附記がある。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

客は指を二本出して二弗を示し、金花が首を振ると一本ずつ数を増やした。十弗まで上がっても、金花は断り続ける。そのとき壁の十字架が外れて床に落ちた。拾い上げた金花は、彫られた基督の顔が客の顔と生き写しだと気づく。客の様子に優しい威厳を感じた金花は決心を忘れ、自分から歩み寄って抱かれた。

その夜、金花は天国の基督の家で料理を食べる夢を見た。頭の上に光の環を懸けたあの外国人が現れ、これを食べれば病気が今夜のうちに治ると告げる。明け方に目を覚ますと男の姿は無く、約束の十弗も受け取っていなかった。しかし金花は、一夜のうちに病が治っていることに気づく。「ではあの人が基督様だつたのだ。」と思った金花は、冷たい敷き石に跪いて祈りを捧げた。

翌年の春、あの日本の旅行家が再び金花を訪ね、この不思議な話を聞く。旅行家はその男を知っていた。日本人とアメリカ人の両親を持つ George Murry で、眠る女を置いて逃げた話を得意げに語っていた男である。男はその後、悪い梅毒から正気を失っていた。旅行家は、金花の思い違いを正すべきか、黙って夢を見させておくべきか迷う。その後一度も病まないかと尋ねると、金花は「ええ、一度も。」と晴れやかに答えた。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日