このページには広告(Amazonの商品リンク)が含まれます。

まんがん

満願

太宰治

読了時間
約3分
文字数
1,499字
読みやすさ
やさしい
表記
新字新仮名
読む速さ

三行でいうと

  1. 四年まえの夏、私は伊豆の三島で小説を書いていた。ある夜、酔って自転車で転び、町の医者に駈けつける。
  2. 医者も同じくらい酔っていて、二人は声を合わせて大笑いする。それから私は毎朝、医者の家で新聞を読む。
  3. 薬をとりに来る若い女のひとを見送るとき、医者は「奥さま、もうすこしのご辛棒ですよ。」と大声で言う。

登場人物

私
伊豆の三島で知り合いの家の二階を借り、一夏を過ごしながら小説を書いていた語り手である。
お医者
三十二歳の町医者で、大きくふとって西郷隆盛に似ており、世の中を善玉と悪玉の合戦と見ている。
奥さん
お医者の妻で、小がらだが色が白く上品な人である。
若い女のひと
毎朝薬をとりに来る小学校の先生の妻で、簡単服に下駄をはいた清潔な感じの人である。

読みどころ

ひと夏の町医者の家で、語り手は「美しいもの」を見る。何が美しかったのかは最後の数行まで伏せられている。短い話だが、語り手が美しいと感じたものに読者も行き着いたとき、それまでの場面が違った意味を帯びて見えてくる。

医者の「奥さま、もうすこしのご辛棒ですよ。」という台詞が、何を指しているかに気をつけて読みたい。語り手は肝心なことを口に出さず、奥さんの話や朝の縁側の様子を重ねていく。酔った医者と笑い合う冒頭の明るさも、結末の印象につながっている。

太宰治の作品のなかでも特に短く、明るい手触りの一編である。作中の私が書いている『ロマネスク』は、太宰治が実際に発表した小説の題でもある。暗い作風で知られる作家の、別の面にふれられる作品だ。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

お医者の奥さんが、若い女のひとの事情を私に話す。夫の先生は三年まえに肺を悪くし、このごろはずんずん良くなっている。お医者はいまがだいじなところだとして、妻にあることを固く禁じた。妻はその言いつけを守ってきた。お医者の叱咤には、言葉の外の意味がこめられていた。

八月の終わりの朝、私が縁側で新聞を読んでいると、奥さんが「ああ、うれしそうね。」と小声でささやく。目の前の小道を、簡単服の女のひとが飛ぶような足どりで歩いていき、白いパラソルをくるくるっとまわした。奥さんは「けさ、おゆるしが出たのよ。」とまたささやく。

三年という月日を思い、私は胸がいっぱいになる。年月が経つほど、私にはあの女性の姿が美しく思われるようになった。あれはお医者の奥さんのさしがねだったのかもしれない、と私は考えて話を結ぶ。

読んでみる

青空文庫で無料で読む図書カード:満願

本で読む

注や解説の付いた文庫は、言葉の意味や時代背景を確かめながら読めます。

次に読むなら

公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日