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きのみやこ

木の都

織田作之助

読了時間
約18分
文字数
8,961字
読みやすさ
ふつう
表記
新字旧仮名
読む速さ

三行でいうと

  1. 大阪の上町で育った私は、京都の高等学校に進み両親を失ってから、故郷の町とほとんど縁が切れていた。
  2. 十年ぶりに口繩坂を登ると本屋の跡がレコード店になっており、主人は京都で通った洋食屋の主人だった。
  3. 傘の貸し借りで店に通ううち、無口な息子の新坊は名古屋の工場へ徴用され、家を恋しがって何度も帰ってくる。

登場人物

私
上町で育った語り手で、京都の高等学校にいたころに両親を失った。
名曲堂の主人
もと船乗りで、京都の吉田で矢野精養軒を営んでいた五十三歳の男である。
新坊
主人の息子の無口な少年で、中学校の試験に落ちて新聞配達を始める。
娘さん
主人の娘で二十五歳になり、北浜の会社に勤めている。
標札屋の老人
名曲堂の隣で、昔と変わらず標札を書いている老人である。
水原
夕陽丘女学校にいた美しい少女で、中学生の私が一方的に知っていた。

読みどころ

大阪は木のない都と言われるが、語り手の幼い日の記憶は神社や寺の木と結びついている。十年ぶりに故郷の坂を登った男は、そこで京都の学生時代に世話になった人と再会する。二つの青春の町が一つに重なる偶然と、その先で見る父と子の姿がこの作品の中心にある。

前半は坂や町並み、昔の本屋の思い出を語る、随筆に近い文章で進む。店の並びを「隣に」と一軒ずつたどる書き方は、町を歩く足取りそのものである。後半は傘を返しに通うたびに、名曲堂の一家の様子が少しずつ変わっていく。季節ごとの坂の景色と、主人が息子に向ける言葉の変化に注目して読みたい。

織田作之助は大阪を舞台に書き続けた作家で、この作品も上町の実在の坂や寺社を細かく描いている。原文の末尾には昭和十九年三月と記されており、徴用や廃業の話が戦時下の暮らしを伝える。短い分量のなかに、作者の故郷への思いがよく表れている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

新坊は中学校の試験に落ち、主人は学問を諦めさせて新聞配達にする。私は口繩坂で新聞を抱えた新坊とすれ違い、店では父子の短いやりとりに温かさを覚える。夏の生国魂の祭に新坊を誘おうとすると、新坊はすでに名古屋の工場へ徴用されていた。

秋になり、京都にいたころ失ったレコードが手に入ったと葉書が届く。店では娘さんが留守番をしていた。新坊が工場に無断で帰ってきたため、主人は一晩も泊めずに夜行で名古屋へ送っていったと聞く。十日ほど後、主人は家を恋しがる息子を女々しいと激しく叱る。

年の暮れに私が坂を登ると、店の戸には「時局に鑑み廃業仕候」の貼紙があった。標札屋の老人の話では、主人は新坊の帰りたがる気持ちを止めるため、一家で名古屋へ移って共に働くことに決めた。そして娘さんと一緒に発ったのだった。木の枯れた口繩坂を降りながら、私は青春の回想の甘さが終わったと感じる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日