じいさんばあさん
じいさんばあさん
- 読了時間
- 約12分
- 文字数
- 5,564字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 文化六年の春、麻布竜土町の隠居所に白髪の老人と老女が移り住み、仲むつまじく暮らし始める。
- 年の暮れ、老女は遠国にいた夫への貞節を将軍に褒められ、銀十枚を賜って江戸で評判になる。
- 話は四十年近く前に戻る。若い武士の伊織は京都での勤めの最中、借金で買った刀の披露の席で同役ともめる。
登場人物
- 美濃部伊織
- 大番を勤める武士で、剣術と手跡にすぐれた色の白い美男だが、肝癪持ちである。
- るん
- 伊織の妻で、尾張家の奥に十四年勤めたのち、二十九歳で伊織に嫁いだ。
- 宮重久右衛門
- 伊織の実弟で、若いころは七五郎と名乗り、兄と同じ大番組に入った。
- 下島甚右衛門
- 京都での伊織の相番で、刀を買う金のうち三十両を伊織に貸した。
- 柳原小兵衛
- 伊織の親しい友達で、刀の披露の席に招かれていた。
- 貞松院
- 伊織の祖母で、るんが嫁いだときには七十八歳だった。
- 平内
- 伊織とるんの嫡子で、父の顔を見ることができなかった。
読みどころ
近所の人が目を見張るほど仲のよい白髪の夫婦が、なぜ年を取ってから一緒に暮らし始めたのか。作品はまず老いた二人の穏やかな日々を見せ、そのあとで若いころの出来事へさかのぼる。二人を離ればなれにしたものは何か。その空白をどう過ごしたのか。短い話のなかで、それを順に明かしていく。
前半では、二人の姿が近所の人の目を通して描かれる。隔てがないのに礼儀があり、夫婦にしては遠慮が過ぎるので、兄妹ではないかと疑う者もいる。後半は年号と人名を重ねる記録のような文体に変わる。ただし刀の披露の夜だけは、台詞の応酬で一気に進む。後半を読み終えたら、前半の朝早い外出や、団扇であおぐ場面を思い返してほしい。
森鷗外は晩年、江戸時代の人物を題材にした歴史小説を多く書いた。本作もその一つで、大正四年に発表された。出来事を細かな日付とともに書き、人の気持ちはほとんど語らない。その書き方は鷗外の歴史小説によく見られる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
十五夜の酒宴に来合わせた下島は、伊織が借金をしながら刀の披露をするのは不心得だと冷笑する。伊織が帰ってほしいと言うと、下島は膳を蹴返して「たわけ」と叫び、伊織はその額を切る。追いかけようとする伊織を柳原が抱き止め、わけを問われた伊織は涙を浮かべて歌を一首詠む。下島は傷が重く、二三日して死ぬ。伊織は知行を召し放たれ、有馬家へ永のお預けとなって越前の丸岡へ送られる。
残された家族は親類に引き取られる。祖母の貞松院は八十三歳で亡くなり、五歳の平内も翌年に疱瘡で死ぬ。るんは二人を看取って松泉寺に葬り、一生武家奉公をしようと決める。黒田家の奥に雇われたるんは三十一年勤めて表使格まで進み、終身二人扶持をもらって隠居する。その間も給金から寺へ金を納め、美濃部家の墓に香華を絶やさなかった。
隠居したるんは故郷の安房へ帰る。翌年の文化六年、丸岡で三十七年間、手跡や剣術を教えて暮らしていた伊織が、浚明院の追善のためお預けを許される。それを聞いたるんは喜んで江戸へ出て、竜土町の家で夫と三十七年ぶりに再会する。冒頭の白髪の二人がこの夫婦である。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日