いっぺいそつ
一兵卒
- 読了時間
- 約23分
- 文字数
- 11,478字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 満洲の野で、脚気を患う一兵卒が軍医に止められながら病院を出て、隊を追って一人で歩き出す。
- 糧餉の車に乗り込むが下士に降ろされ、遼陽の戦いが始まったと知って、死への恐れが胸に湧く。
- 上等兵に教わった新台子の兵站部では軍医に会えず、酒保のある洋館の奥の暗い室に倒れ込む。
登場人物
- 加藤平作
- 豊橋の十八聯隊の兵卒で、脚気を抱えたまま大石橋の病院を出て隊を追う。
- 下士
- 楊樹の村で止まった車からかれを降ろし、遼陽の戦いが始まったと告げる。
- 二人連れの上等兵
- 泣きながら歩くかれに声をかけ、銃と背嚢を持って新台子の兵站部まで連れていく。
- 酒保の男
- 洋館の入り口で店を開く肥った口髭の三十男で、夜中に叫び声を聞いて室に来る。
- 兵士
- 酒保の男に起こされた行軍中の兵士で、かれの軍隊手帖を読む。
読みどころ
戦場に着く前に、病気の兵が一人で死に向かっていく話である。出征のとき、かれは身を国に捧げて悔いはないと村の学校で演説した。その男が満洲の夕暮れに声を挙げて泣き、逃げ道を神に願う。原文は「死と相面しては、いかなる勇者も戦慄する」と書く。勇ましい言葉と死を前にした恐れの落差が、この作品の中心にある。
読むときは、体の苦しさと思い出が交互に現れる語り方に注目したい。「銃が重い、背嚢が重い、脚が重い」と繰り返すうちに、故郷の母や妻、東京で遊んだ日々が割り込んでくる。夕日の中で自分の長い影を見て悲しみに打たれる場面もある。終盤では、かれが倒れ込んだ室にかつて露国の士官が住んでいたことが語られる。蟋蟀の声も印象に残る。
田山花袋は『蒲団』『田舎教師』で知られる自然主義の作家である。日露戦争には写真班として従軍し、この作品は明治41年に『早稲田文学』に発表された。戦争を手柄話としてではなく、名も知られない一人の兵の体と心から描いた短編である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
暗い室で、脚の疼痛が波のように押し寄せる。かれは床をのたうちまわり、「苦しい、誰か……誰かおらんか」と叫ぶ。蝋燭を持った酒保の男が様子を見に来るが、手をつけかねて出ていく。やがて向こうの家屋に寝ていた兵士を起こして戻ってくる。
兵士は肩章を調べ、酒保の男は脚気衝心で「とても助からんですナ」と言う。軍医は夜遅くには来てくれないと言われ、時計は二時十五分を指していた。兵士が軍隊手帖を読み上げ、かれの名が加藤平作と分かる。かれは母や妻の顔、故郷の海を思い浮かべる。死をはっきり自覚しながら、それを苦しいとも悲しいとも感じない。ただこの苦痛から逃れたいと思う。
黎明に兵站部の軍医が来たが、渠はその一時間前に死んでいた。一番の汽車が鞍山站へ向けて発ち、しばらくして砲声が盛んに聞こえ出す。九月一日の遼陽攻撃が始まったところで話は終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日