ひとふさのぶどう
一房の葡萄
- 読了時間
- 約13分
- 文字数
- 6,314字
- 読みやすさ
- やさしい
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「赤い鳥」1920(大正9)年8月
三行でいうと
- 横浜の山の手にある学校に通う「僕」は、海の藍色と船の洋紅色を自分の絵具ではうまく出せずにいる。
- 二つ年上の西洋人の友達ジムが持つ舶来の絵具がほしくてたまらず、昼休みの教場でその藍と洋紅を盗んでしまう。
- 盗みはすぐに見抜かれ、級で一番大きな生徒たちに、大好きな受持ちの先生の部屋へ引きずって行かれる。
登場人物
- 僕
- 絵を描くのが好きな日本人の少年で、体も心も弱く臆病で友達も少ない。
- ジム
- 僕より二つ位年上の西洋人の同級生で、背が高く、上等な舶来の絵具を持っている。
- 先生
- 僕の受持ちの若い女の先生で、僕はこの先生が大好きだった。
- よく出来る大きな子
- 僕の級で一番大きくよく出来る生徒で、僕を問い詰めて先生に言いつける。
読みどころ
ほしい物を前にした子どもが、悪いと分かっていながら手を出してしまう。この作品が描くのは、その一度の過ちと、その後に味わう恥ずかしさだ。見つかった僕は、言い逃れも謝ることもできずに泣くばかりになる。先生は叱る言葉を重ねず、一房の葡萄を膝に置いて部屋を出て行く。罪を犯した子が許しをどう受け取るのかが、物語の中心にある。
語り手は、大人になった僕が子どもの頃を振り返る形で話す。盗む直前に頭の中が氷のように冷たくなる場面や、ポケットから絵具が掴み出される場面では、少年の体の感覚が細かく書かれている。色の書き分けにも目を向けたい。手に入らない海の藍と洋紅から始まり、最後は紫の葡萄と先生の白い手で終わる。
有島武郎が子ども向けに書いた童話で、1920年に雑誌『赤い鳥』に載った。作者自身が横浜で過ごした少年時代が下敷きになっているとされる。小学生でも読める易しい文章だが、許された側の気持ちの揺れは大人が読んでも身につまされる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
先生に「それは本当ですか。」と聞かれても、僕は答えられずに泣き出してしまう。先生は生徒たちを帰し、僕の肩を抱いて「絵具はもう返しましたか。」と小さな声で尋ねる。次の時間は自分の部屋にいるように言い、窓まで這い上った蔓から西洋葡萄を一房もいで僕の膝に置き、教場へ出て行く。僕は葡萄を食べる気になれずに泣き続け、そのまま泣き寝入りしてしまう。
目を覚ますと先生は笑顔で僕を見下ろしていた。先生は、明日は必ず学校に来るよう言い、「あなたの顔を見ないと私は悲しく思いますよ。」と添えて、葡萄の房を僕のカバンに入れる。僕は家に帰って葡萄をおいしく食べた。翌日は学校へ行く気になれない。それでも先生にもう一度会いたい一心で門をくぐる。すると待ち切っていたようにジムが飛んで来て僕の手を握り、先生の部屋へ連れて行く。先生は、ジムはもう謝ってもらわなくてもいいと言っていると伝え、二人に握手をさせる。それから葡萄の房を銀色の鋏で二つに切り、ジムと僕に分ける。
僕はその時から前より少しいい子になり、はにかみ屋も少し直ったようだと語る。大人になった今も、あの先生がどこへ行ったのかは分からない。もう二度と会えないと知りながら、秋に葡萄が色づくたびに、房を乗せていた先生の白い手を思い出している。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日