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ひみつ

秘密

谷崎潤一郎

読了時間
約29分
文字数
14,457字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「中央公論」1911(明治44)年11月

三行でいうと

  1. 刺激に飽きた私は、浅草の寺の一間に隠れ住み、奇怪な書物や仏画に囲まれて暮らし始める。
  2. 女物の着物を買った私は、夜ごと女の姿に化けて公園の雑沓を歩き、秘密を持つ快さに酔う。
  3. ある晩、活動写真の小屋で昔捨てた女と隣り合い、眼隠しをされて女の家へ通う逢瀬が始まる。

登場人物

私
人形町生まれの男で、交際の続く人々から逃れて浅草松葉町の真言宗の寺に部屋を借りる。
T女
二三年前に上海へ向かう汽船で私と関係を結び、私に欺かれて捨てられた女である。
車夫
雷門で私を待ち、眼隠しをして俥で女の家まで運ぶ。

読みどころ

秘密を一つ持つだけで、見慣れた町がまるで違って見える。この作品は、その感覚をとことん追いかけた男の話である。女の姿で夜の浅草を歩く私は、誰にも見破られないことに深い快さを覚える。ところが秘密を楽しんでいたはずの私は、やがて別の秘密の中へ引き込まれていく。

化粧や着物の手触りは、細かいところまで書かれている。白粉が肌に沁みる感じも、帯が体を締める感じも、私の体の感覚として描かれる。後半の私は眼隠しをされた俥に乗り、どこを走っているか分からないまま運ばれる。冒頭で子供の頃を振り返り、「夢の中で屡々出逢うことのある世界」を語る場面がある。その思い出は、後半の謎の町とつながっている。

『秘密』は1911年に『中央公論』に発表された、谷崎潤一郎の初期の短編である。前年の『刺青』と同じく、妖しいものや美しいものに惹かれる心が正面から書かれている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

通ううちに私は、俥が東京のどこを走っているのか知りたくなる。ある晩、眼隠しを取ってくれと女にせがむ。女は嫌がるが、少しだけと言って布を外した。星空の下の賑やかな小路の先に、精美堂と書いた印形屋の看板が見える。私が町名を読もうとすると、女はすぐに眼を塞いだ。女は涙を流しながら、夢の中の女だと思っていてほしいと頼む。

私は俥が回る度数や曲がる回数を覚えていた。ある朝、雷門で眼をつぶって体を回し、俥と同じ速さで走ってみる。道をたどると例の小路に出た。そこは三味線堀と仲お徒町の通りをつなぐ道で、昼の日に照らされた家並は貧相だった。私はがっかりして興が覚める。さらに両国や浜町を通って道をたどり、道了権現の向かいの細い小路に女の家を見つけた。二階から女が死人のような顔で私を見下ろしている。悔恨と失意が顔に表れ、女は障子の蔭へ隠れた。

女はその界隈の物持の後家だった。謎がすべて解け、私はそれきり女を捨てる。数日後、私は寺を引き払って田端へ移った。私の心は秘密の淡い快さに満足しなくなり、「血だらけな歓楽」を求めるように傾いていく。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日