はくち
白痴
- 読了時間
- 約46分
- 文字数
- 22,894字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「新潮 第四十三巻第六号」1946(昭和21)年6月1日
三行でいうと
- 戦争末期の東京の場末で、文化映画の演出家見習いの伊沢は、仕立屋の離れの小屋に間借りしている。
- ある晩、隣家の若い女房が伊沢の押入に隠れていた。伊沢は女を帰さず、その夜から二人の暮らしが始まる。
- 空襲が続くなか、伊沢は女の存在を近所に隠し通す。そして四月十五日の夜、街に空襲警報が鳴り響く。
登場人物
- 伊沢
- 二十七歳で、新聞記者から文化映画の演出家見習いになった男である。
- オサヨ
- 隣家の男の女房で、言葉がはっきりせず、いつもおどおどしている。
- 隣家の男
- 三十前後の資産家で、四国遍路の旅先で女と知り合い、女房として連れ帰った。
- 母親
- 隣家の男の母で、ふだんは品の良い婆さんだが強度のヒステリイである。
- 仕立屋
- 伊沢が間借りする家の主人で、町会の役員もしている。
読みどころ
空襲の続く街で、伊沢は言葉もろくに通じない女と暮らし始める。伊沢は女を守りたいと思う一方で、女を醜いとも感じる。人間らしさとは何か、愛情は本物なのか、伊沢は答えの出ない問いを抱え続ける。上司が怒鳴る「怒濤の時代に美が何物だい」の一言は、時代に押しつぶされる伊沢の心に何度も戻ってくる。
冒頭で描かれる路地の住人たちに注目したい。乱れた暮らしを当たり前に語る仕立屋の口ぶりが、作品の空気を決めている。押入の一夜の場面では、伊沢の苛立ちが少しずつ別の感情に変わっていく。焼夷弾と爆弾の音の違いを書き分けた空襲の描写も、身体で感じた恐怖として迫ってくる。
坂口安吾が戦後まもない1946年に発表した短編で、同じ年の「堕落論」とあわせて安吾の名を広めた。人間の弱さを飾らずに見つめる姿勢は、二つの作品に共通している。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
四月十五日の夜、空襲警報が鳴る。伊沢は女を押入に入れ、井戸端で歯を磨いて顔を洗う。やがて駅前と工場地帯が火の海になる。仕立屋は一緒に逃げようと誘うが、伊沢は残ると言って断る。人々が立ち去るまで逃げられないのは、女の姿を見られないためだった。
隣家に火がつくと、伊沢は押入から女を連れ出す。二人で蒲団をかぶって路地を出る。群集が向かう先には逃げ場がないと伊沢は知っていた。そこで両側の燃えている道を選ぶ。ためらう女を抱きしめて「死ぬ時は、こうして、二人一緒だよ」と言うと、女は頷いた。二人は猛火をくぐり、小川に下りて水の中を歩く。麦畑に出て、雑木林の丘に蒲団を敷いて横になった。
警報が解け、巡査が矢口国民学校に集まるよう告げて回る。伊沢は動かず、林には二人だけが残る。女は眠りこみ、伊沢はその鼾を豚の鳴声に似ていると思う。明け方の寒さに震えながら、女を置いて立ち去る張合いもないと伊沢は感じる。夜が明けたら女を起こし、遠い停車場を目指して歩こうと考える。そして、自分と隣の豚の背中に朝の光がそそぐだろうかと思いながら、物語は終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日