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ぎんのさじ

銀の匙

中勘助

読了時間
約3時間7分
文字数
93,038字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字旧仮名
読む速さ

初出: 前篇「東京朝日新聞」1913(大正2)年4月8日~6月4日<br>後篇「東京朝日新聞」1915(大正4)年4月17日~6月2日

三行でいうと

  1. 書斎の小箱にしまった銀の匙をきっかけに、私は伯母さんに背負われて育った幼いころを語り出す。
  2. 小石川の高台へ越した私は、向かいのお国さんと初めての友達になり、いやいやながら学校へあがる。
  3. 隣に越してきたお蕙ちやんと仲よくなる一方で、私は兄や先生たち大人への反発を強めていく。

登場人物

私
神田に生まれた病弱で人見知りの子で、大人になってから子供のころを振り返って語る。
伯母さん
夫の惣右衛門さんを亡くして私の家に身を寄せ、私をほとんど一人で育てる。
お国さん
小石川の家の向かいに住む同い年の女の子で、私にとって最初の友達になる。
お蕙ちやん
九つのときに隣へ越してくる勝ち気な女の子で、私と同じ学校に通う。
兄
高等中学で柔術をやっていて、私を釣りに連れ出して厳しくしつけようとする。
中沢先生
癇癪持ちだが、私が大好きだった受持ちの先生である。
姉様
十七の夏に私が過ごす別荘へやってくる友達の姉で、京都に住んでいる。

読みどころ

『銀の匙』は、体が弱く人見知りの子供が見ていた世界を、その子の目の高さで書いた小説だ。駄菓子の甘さや行燈の火の揺れ方、虫や草花の名前が細かく描かれる。大人の理屈に流されず、納得できないことには従わない「私」の頑固さも、この作品を読む楽しみである。

前篇は伯母さんとの暮らしが中心で、伯母さんの方言まじりの台詞が多く出てくる。伯母さんが四王天、私が清正になって廊下で斬り合う場面を読むと、二人の間柄がよく分かる。後篇の私は、先生に「先生だつてやつぱり人間だと思ふから」と答えるような子になり、大人の言葉を疑い始める。旧かなづかいでひらがなが多いので、初めは読みにくいかもしれない。一つの章が短いため、少しずつ読み進められる。

中勘助はこの作品を書く前に、夏目漱石の教えを受けている。前篇は漱石に認められ、『東京朝日新聞』に連載された。子供時代を描いた日本の小説として、今も読み継がれている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

お蕙ちやんは富公と遊ぶようになり、一時は私の家に来なくなる。母親に叱られて戻ってきたお蕙ちやんと、私は仲直りする。待ち伏せしてきた富公を私は布袋竹で打ち、富公は泣き出す。桃の節句の後にお蕙ちやんの父が亡くなり、一家は国へ帰ることになる。暇乞いに来たお蕙ちやんに、私は恥ずかしくて襖の陰に隠れたまま会わなかった。翌朝、私は誰よりも早く学校へ行き、お蕙ちやんの机を抱えていた。

後篇では、中沢先生が日清戦争で召集される。新しい丑田先生とは気が合わず、私は日本が負けると言って級友や先生に逆らう。川で網を打つ兄に、私はなぜ自分は石を拾ってはいけないのかと問い返す。兄を残して一人で帰り、それきり二人で出かけることはなくなる。少林寺の老僧は私に糸瓜の絵を描いてくれ、三年ほど後に亡くなる。十六の春、私は国へ帰った伯母さんを訪ねる。目の弱った伯母さんは初め私だと分からず、気づくと泣いて喜び、鰈を二十幾匹も煮て食べさせる。伯母さんはそれからまもなく亡くなった。

十七の夏、私は友達の家の別荘でばあやと暮らし、山の中に自分だけの木霊の峰を見つける。そこへ友達の姉様が二三日泊まりに来る。最後の晩は三人で食卓を囲み、姉様は翌日の晩に発つ。姉様が別れを告げても、私は聞こえないふりをして暗がりで黙って頭を下げた。俥が去った後、私は花壇で涙を流した。部屋に戻ると、姉様が置いていった水蜜を唇に当ててまた泣いた。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日