ふとん
蒲団
- 読了時間
- 約1時間30分
- 文字数
- 44,589字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号
三行でいうと
- 妻と三人の子がある作家の竹中時雄のもとへ、文学を志す女学生の横山芳子が弟子入りしてくる。
- 平凡な暮らしに倦んでいた時雄は芳子に心を動かすが、芳子は同志社の学生と恋仲になってしまう。
- 恋人が学業を捨てて上京し、時雄は監督を名目に芳子を自宅に住まわせ、嫉妬と師の責任のあいだで揺れる。
登場人物
- 竹中時雄
- 三十代半ばの作家で、書籍会社で地理書の編集を手伝いながら単調な暮らしに倦んでいる。
- 横山芳子
- 備中新見町の豪家の娘で、神戸の女学院に学び、時雄の作品にあこがれて弟子入りする。
- 田中秀夫
- 同志社の学生で芳子の恋人であり、神戸教会の秀才と言われていた二十一歳の青年。
- 細君
- 時雄の妻で、かつての恋人であり、旧式の丸髷に結った温順な人。
- 姉
- 細君の姉で、軍人の未亡人として暮らし、麹町の家で芳子を預かる。
- 横山兵蔵
- 芳子の父で、厳格なキリスト教信者であり、県会議員を務めたこともある。
読みどころ
妻子のある中年の作家が、若い女弟子に寄せる思いを恋と認めることもできず、捨てることもできない。物語は、弟子に恋人ができたと知った男が坂道で「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた」とつぶやく場面から始まる。師の顔と嫉妬する男の顔がどう同居するのか。そこから目を離せなくなる小説である。
注目したいのは、時雄の心の動きがきれいごとで包まれずに書かれている点だ。芳子には新しい女の自覚を説く。一方で、こっそり恋人の手紙を探しもする。泥酔して往来で転び、細君に当たり散らす。語り手はそうした姿を突き放して描くと同時に、時雄自身が自分を冷たく眺めていることも書き込んでいる。芳子が恋人について語るとき、時雄が「私共」という複数形に引っかかる場面はその一例である。
田山花袋は自然主義を代表する作家の一人だ。この作品は明治40年に雑誌『新小説』に発表された。作者自身の体験をもとに、隠しておきたい心の内まで書いた作品として受け取られ、後の私小説の出発点とされることが多い。題名の意味は最後まで読むと分かる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
時雄は二人の恋に反対する備中の父母へ手紙を書き、父親の上京を求める。上京した父親と時雄は田中を呼んで話し合い、三年は芳子を他へ嫁にやらないと父親が約束する。田中は涙を流すものの京都へは帰らず、返事は翌日以降に持ち越される。その後、時雄は芳子に嵯峨へ行ったころの手紙を見せるよう迫る。芳子は焼いてしまったと答え、時雄は二人に欺かれていたと感じる。
翌日、芳子は時雄に手紙を書き、自分は堕落女学生で先生を欺いたと打ち明ける。時雄はその夜のうちに芳子を京橋の宿にいる父親のもとへ連れて行き、芳子は国へ帰ることになる。翌朝訪ねてきた田中は時雄に追い返され、芳子に会うことも宿を知ることもできない。新橋の停車場では、見送る時雄の後ろの柱の陰に古い中折帽の男が立っていたが、時雄は気づかないまま汽車は動き出す。
時雄の家には三年前と同じ荒涼とした暮らしが戻る。五日目に芳子から候文の礼状が届く。時雄はそのままにしてあった二階に上り、机の抽斗に残った古いリボンの匂いを嗅ぐ。さらに芳子が使っていた蒲団を引き出して敷き、夜着の汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣く。外では風が吹き荒れていた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日