ふうきんとさかなのまち
風琴と魚の町
- 読了時間
- 約27分
- 文字数
- 13,175字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「改造」1931(昭和6)年4月
三行でいうと
- 風琴を鳴らして薬を売る父と母に連れられ、旅を続ける少女の一家が、日の丸の旗の出た海辺の町で汽車を降りる。
- 町は尾の道といい、父の薬はよく売れた。一家は二階を借りて落ちつき、私は五年を飛ばして六年に入る。
- 長雨で商いが細り、暮らしは苦しくなる。父は一瓶拾銭の化粧水を仕入れ、唄に合わせて風琴を鳴らして売り歩く。
登場人物
- 私
- 父と母に連れられて旅をする少女で、父には「まさこ」と呼ばれる。
- 父
- 憲兵のような服を着て風琴を鳴らし、町を流して薬を売り歩く。
- 母
- 汽車の中で経文を誦しながら泣いていた。
- 階下のおばさん
- 間借りした家の階下に住み、昆布に辻占を巻いて帯を結ぶ内職をしている。
- 階下のおじさん
- 若い時に船に乗っていて、機械で足を折った。
- 魚屋のせがれ
- 私にちぬごを新聞で包んでくれた男の子で、五年生の組長である。
読みどころ
貧しい行商の一家を、少女の目から描いた短編である。父の風琴と海辺の町の景色が明るく描かれる一方で、一家はいつも腹をすかせている。章魚の足を食べたがってビンタを打たれる場面から、少女の食べ物への思いが何度も描かれる。暮らしの苦しさと、子どもの目に映る町の美しさが同じ文章の中に並んでいる。
会話のほとんどは九州の方言で書かれていて、親子のやりとりに勢いがある。母に叱られた少女が言い返す場面や、宿の蒲団の裾で父母の会話を聞く場面に注目したい。白かまんまという一言で涙があふれる少女の気持ちを、父も母も知らない。学校で「東京語」を使えと言われ、つい「わしはね」と言ってしまう場面も、この方言の響きがあってこそ生きている。
林芙美子は『放浪記』で知られる作家で、この作品も行商をして歩く一家の暮らしを描いている。原文の末尾には昭和六年四月と記されている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
ある夜、階下のおばさんが庭の井戸へ墜ちる。父が縄を石榴の幹に結び、私は父の服を着て夜更けの町へ医者を呼びに走る。おばさんは助かって上がってくる。抱えていた風呂敷包みには帯と毛皮の帽子が入っていて、帯の間からは質屋の通いが落ちた。母はそれを医者に見せないように隠した。
化粧水はよく売れ、町中で「一瓶つければ桜色」の唄が流行る。ところが雨の霽れたある日、私が学校から帰ると母が泣いていた。父が警察へ連れて行かれたのである。母が警察へ向かった後、私は夕方になって後を追い、鉄の扉に凭れて二人が出てくるのを待つ。
裏へ廻って窓から覗くと、部屋の隅に母が小さく見えた。その前で父は巡査にビンタを殴られ、「さあ、唄うてみんか!」と言われる。父は風琴を鳴らしながら「二瓶つければ雪の肌」と唄わされていた。私は声をあげて海岸の方へ走り出す。母の呼ぶ声は聞こえたが、耳の底では歯車のようなものがいつまでも鳴っていた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日