くららのしゅっけ
クララの出家
- 読了時間
- 約28分
- 文字数
- 13,700字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「太陽」1917(大正6)年9月
三行でいうと
- 千二百十二年の棕櫚の安息日の朝、アッシジの貴族の娘クララは、男たちが現れる不思議な夢から目をさます。
- 十六の秋にフランシスの説教を聞いてから、クララは許婚のいる身で基督に嫁ぐ日を待ちつづけてきた。
- 堂母の礼拝で在家の最後の一日を過ごしたクララは、その夜、眠る妹のかたわらで家を出る時刻を待つ。
登場人物
- クララ
- アッシジの貴族シッフィ家の十八歳の娘で、十六の歳から基督の婢女として生きると誓っている。
- アグネス
- クララの十四歳の妹で、姉を姉とも親とも慕っている。
- フランシス
- ベルナルドーネ家の青年で、放蕩の暮らしを捨てて乞食僧となり、アッシジで説教をする。
- オッタヴィアナ・フォルテブラッチョ
- クララの許婚で、日に焼けた男性的な顔に貴族の誇りをのぞかせる青年である。
- パオロ
- モントルソリ家の貴族の青年で、クララの夢に現れて頸飾りを掛けようとする。
- レオ
- フランシスの伴侶で、秋の堂母の講壇に裸で立つ。
読みどころ
裕福な家の娘が、許婚と両親と幼い妹を残して、ひとり夜の町を抜け出す。この作品はその一日を描いている。クララが向き合うのは、肉の世界と霊の世界の境目である。若い男に近づかれたときの胸の高鳴りも、妹をいとしむ気持ちも、彼女には捨てがたい。それでも基督に嫁ごうとする心の動きが、細かく追われていく。
物語は三つの場面に分かれる。明け方の夢、礼拝のあいだの回想、出家の夜である。冒頭の夢は、パオロへの惹かれ方も地獄へ落ちる感覚も、生々しい体の描写で書かれている。回想では、十六歳のクララが祭壇の奥の部屋でフランシスと向き合う。黙ったまま見つめ合う時間と、「何よりもいい事は心の清く貧しい事だ」といった短い言葉の重みに注目したい。
作者は有島武郎である。冒頭に「これも正しく人間生活史の中に起った実際の出来事の一つである」とあり、アッシジに実在した聖女の出家を題材にしている。末尾には「一九一七、八、一五、於碓氷峠」と書き添えられている。信仰を清らかな話としてだけ書かず、肉体の感覚とからみ合ったものとして描いた点に、作者の関心がよく表れている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
夜、母が翌日の衣裳を置いて部屋を出ていく。クララは眠ったふりをしたまま、枕を涙で濡らす。眠るアグネスを抱きしめたくなるが、その思いをこらえて泣く。夜半の鐘で床を出ると、花嫁にふさわしい白絹ではなく、母が用意した藤紫の衣裳を着る。宝石の小箱には接吻だけをしてしまい、聖像の前で幼い頃からの不満とフランシスへの思いをふり返る。
クララは自分の寝ていた跡に月桂樹の枝を敷き、その上に聖像を置いて花で飾る。「御心ならば、主よ、アグネスをも召し給え」と祈り、妹の額に接吻する。父母の寝室の前の床にも接吻を残し、バルコンから綱で道に降りる。下で待っていた二人の男に守られて、門番に賂を渡し、ポルタ・ヌオバの門を出る。
ポルチウンクウラの灯が見えはじめる坂の角で、炬火を持った四人の教友がクララを待っていた。クララは父母や妹を激しく思い、もう一度涙を流す。「私のために祈って下さい」と頼むと、四人は黙ってクララを囲み、うずくまる。遙か下のポルチウンクウラからは、新嫁を迎える教友らの合唱が静かに聞こえてくる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日