すし
鮨
- 読了時間
- 約27分
- 文字数
- 13,144字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文芸」1939(昭和14)年1月号
三行でいうと
- 坂と崖の多い町の鮨屋「福ずし」で、娘のともよは常連の男たちを見なれて育った看板娘である。
- 常連の中に先生と呼ばれる五十過ぎの紳士の湊がいて、ともよは彼のことが妙に気がかりになる。
- 初夏のある日、表通りで湊と行き会ったともよは、焼跡の空地で鮨が本当に好きなのかと尋ねる。
登場人物
- ともよ
- 福ずしの主人夫婦の一人娘で、男下駄を引きずって客に茶を運ぶ店の看板娘である。
- 湊
- 福ずしの常連で、職業は誰にも分からない独身の紳士であり、店では先生と呼ばれている。
- ともよの父親
- 東京で屈指の鮨店で腕を仕込んだ職人で、福ずしの亭主として小鳥を飼うのを道楽にしている。
- ともよの母親
- 物見遊山にも行かず着ものも買わず、店の売上げから自分だけの月がけ貯金をしている。
- 湊の母親
- 湊が語る子供のころの話に出てくる母で、食べものを受けつけない子をおろおろと案じている。
読みどころ
人はなぜ同じ店に通い、同じものを食べるのか。この作品はその問いを、鮨屋の娘と年の離れた客の淡い交わりから描く。ともよが湊に向けて口にする「あなた、お鮨、本当にお好きなの」は、何気ない問いである。それが一人の男の生い立ちの話を開く。
前半は福ずしの店先の描写が続く。客の入れ替わりを、ともよは春の川の鮒にたとえ、自分を杭根の苔のように感じる。この見立てを覚えておくと、話の終わりがより深く響く。後半は湊の語りに変わり、子供の食べものへの怯えと母親の手つきが細かく書かれる。鮨を握る場面の手の動きと、子供の舌に乗る味の書き方に注目したい。
岡本かの子は歌人として出発し、晩年に小説を多く書いた。この作品は亡くなる直前の1939年に発表された短編である。食べものの描写に、人の孤独と母への思いを重ねた作品として、いまも広く読まれている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
湊は、潰れかけた家に生まれた子供の話をする。子供は色や香りのある食べものを入れると身が穢れる気がして、炒り玉子と浅草海苔しか口にできなかった。痩せていく子を見かねた母親は、縁側に真新しい道具を並べた。洗った手を見せてから目の前で鮨を握り、玉子焼、烏賊、鯛と比良目と順に食べさせた。子供は魚が食べられるようになり、見違えるほど健康な少年に育った。
ところが今度は父親が息子を酒や遊びに連れ出し、息子は道楽者になった。家は潰れ、父母も兄姉も死んだ。息子は大学を出て職を得たが、栄達には気が進まなかった。二度目の妻が死んだあと、投機で儲けたのを機に職を捨て、住まいを転々とするようになった。湊はその子供が自分だと明かし、近ごろ母親のことを想い出すので鮨までなつかしくなると話す。河鹿が鳴き始め、湊は買った髑髏魚をともよに与えて立ち去った。
その後、湊は福ずしに姿を見せなくなり、常連もやがて彼を忘れた。ともよはアパートの場所を聞きもらしたことを悔やみ、焼跡にたたずんでは涙をためた。そうしたこともやがて止み、いまのともよは、湊がどこかへ越してどこかの鮨屋へ行っているのだろうと、漠然と考えるだけになった。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日