ちじんのあい
痴人の愛
- 読了時間
- 約5時間59分
- 文字数
- 179,045字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
三行でいうと
- 電気会社の技師の河合譲治は、浅草のカフエエで働く十五歳のナオミを引き取り、理想の妻に育てようとする。
- 大森の洋館で暮らすうちに二人は夫婦になる。だがナオミは勉強を嫌い、贅沢とわがままを募らせていく。
- ダンスを習い始めると、ナオミの周りに学生たちが集まる。やがて譲治の会社にまで彼女の噂が届く。
登場人物
- 河合譲治
- 宇都宮在の生まれで、月給百五十円の電気会社の技師。会社では「君子」と呼ばれていた語り手である。
- ナオミ
- 浅草のカフエエ・ダイヤモンドで見習いの給仕をしていた十五歳の少女で、本名は奈緒美。
- 浜田
- 慶応義塾の学生で、ナオミと同じ先生に声楽を習っている。ダンス倶楽部の幹事を務める。
- 熊谷政太郎
- 慶応のマンドリン倶楽部の学生で、ナオミからは「まアちゃん」と呼ばれる。
- シュレムスカヤ夫人
- 革命で夫と子供の行方が分からなくなった露西亜の伯爵夫人で、三田の楽器店の二階でダンスを教える。
- 春野綺羅子
- 帝劇の女優で、カフエエ・エルドラドオのダンスの夜に浜田と踊っていた。
読みどころ
一人の少女を自分の好みに育てようとした男が、反対にその少女に支配されていく。語り手の譲治は、育てる側と育てられる側が入れ替わっていく様子を、自分の恥も隠さずに書き残している。欺かれていると分かっていて、男はなぜ離れられないのか。読者は譲治の告白に付き合いながら、この問いを考えることになる。
物語は、譲治が読者に語りかける手記の形で進む。英語の時間にナオミを叱りつける場面では、まだ譲治が上に立っている。トランプでわざと負けてやるうちに本当に勝てなくなる場面では、力の差が少しずつ逆に傾いていく。譲治はナオミの体の育ち方を書きとめた日記に「ナオミの成長」と題を付け、写真も貼っていた。この日記を読むと、彼がナオミをどんな目で見ていたかが分かる。
谷崎潤一郎の長編で、大正十三年に『大阪朝日新聞』で連載が始まり、中断を挟んで雑誌『女性』で完結した。作中にはメリー・ピクフォードの映画やダンス・ホールが細かく描かれ、大正の東京で西洋に憧れた空気が伝わってくる。女の美しさに溺れる男を描き続けた谷崎の作品の中でも、とくに広く読まれてきた一作である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
鎌倉で夏を過ごしていたある晩、譲治はナオミが毎晩出歩いていたことを知る。借りていた離れは熊谷が世話したものだった。夜の浜では、黒いマントを羽織ったナオミが熊谷、浜田、関、中村と連れ立って歩いていた。三日目の朝、大森の家で譲治を待っていたのはナオミと会う約束をしていた浜田で、彼は自分もナオミと関係していたと打ち明ける。のちに譲治は、関や中村も同じだったと浜田から聞かされる。
秋になり、ナオミが近所の曙楼で熊谷と会っていたのを突き止めた譲治は、彼女を家から追い出す。ところが一時間ほどで恋しさがつのり、浅草の実家を訪ねる。しかしナオミは来ていなかった。浜田からは、彼女が西洋人のマッカネルの所などを泊り歩いていると聞かされる。そのころ郷里の母が亡くなり、譲治は会社を辞める決心をする。
やがてナオミは荷物を取りに来るようになり、友達だと言って毎晩のように出入りする。それでも譲治が触れることは許さない。ある朝、肩から腋の下まで剃らされた譲治はこらえきれなくなり、馬になるから背中に乗ってくれと頼む。ナオミは背中に跨がり、金も自由も呼び方も、すべて自分の言う通りにする約束を取りつける。二人は横浜の本牧の洋館に移り、寝室を別にする。ナオミは西洋人の男友達と付き合い続け、譲治はそれに逆らわない。手記はナオミが二十三、譲治が三十六になったところで終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日