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ぼしぞう

母子像

久生十蘭

読了時間
約16分
文字数
7,717字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「讀賣新聞」1954(昭和29)年3月26~28日

三行でいうと

  1. 厚木の基地に近い警察署に、中学一年の太郎の担任が呼び出される。太郎は火いじりの件で黙りこんでいる。
  2. 担任は警察に、太郎がサイパンで母に首を締められて死にかけ、自分たちが助けた子だと打ち明ける。
  3. 保護室の太郎は洞窟の日々と美しい母を思い出す。東京に来てから、太郎は母のバアに通いつづけていた。

登場人物

和泉太郎
聖ジョセフ学院中学部の一年生で、サイパン島で生まれ、ハワイの学校を経て今年の春に転入してきた。
母
太郎の母で、サイパンでは将校慰安所「水月」を一人で切りまわし、いまは銀座でバアをやっている。
教諭
太郎の担任で、サイパンでアダムスと二人で太郎に人工呼吸をして命を救った。
アダムス
ハワイ生まれの二世の情報将校で、神学部へ進む条件で孤児たちに学費を出している。
ヨハネ
綽名で呼ばれる学校の教師で、沖縄人だ。サイパンにいたときは砂糖黍畑の監督だった。
婦人警官
少年相談所から応援に来て、太郎の書類をまとめようとしている。

読みどころ

物語は警察の調室で、一人の少年の素行を話しあう場面から始まる。大人たちは書類を整えるため、筋の通る理由をこしらえようとしている。しかし少年の側の事情は、誰にも見えていない。母に殺されかけた子が、いまその母をどう思っているのか。作品はそこへ静かに降りていく。

前半は大人たちの会話で進み、後半は保護室にいる太郎の回想に移る。洞窟の場面では、母に呼ばれた太郎が「かたじけなくて、身体が震えだす」。この母への思いの強さに注目して読みたい。教師に問いつめられた太郎は、心の中で「大当り」「外れ」とつぶやく。その語りから、大人の知らない事実が少しずつ現れてくる。

久生十蘭は、題材と文体を作品ごとに変える短篇の名手として知られる。この作品は英訳されて、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の国際短篇小説コンクールで一等に選ばれた。戦争の傷を、子の目から短く鋭く描いた一篇である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

保護室の太郎はサイパンの最後の日を思い出す。母は六尺ほどの麻紐を持ち、太郎を洞窟の外へ誘いだした。刑事部屋でヨハネに問いつめられるあいだ、太郎は心の中で答えを返す。それによって、東京での出来事が明かされていく。太郎は花売りの姿で母のバアに通い、店が賑わうように基地から客を送りこんでいた。ある夜、運転手に母と客のことをほのめかされる。太郎は母のフラットに忍びこみ、ベットの下でそれを聞いてしまう。

太郎は母の写真と手紙を裂いて捨て、死のうと決める。夜明けに相模線のレールの間に伏せたが、電車は体に触れずに通りすぎた。次に掩体壕で自分の体に石油をかけて火をつけた。しかし火は燃えあがらず、太郎は石油のガスで気を失う。それが放火の疑いになっていた。

太郎は「死刑にしてください」と叫ぶ。うんと悪いことをすれば政府が始末をつけてくれる、と太郎は考えた。そして、寝ころんだ若い警官の拳銃を抜いて撃つ。起きあがった警官が撃ちかえし、弾は太郎の胸に当たる。太郎は壁に凭れて溜息をつき、涙を溢れさせて前に倒れる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日