すみだがわ
すみだ川
- 読了時間
- 約1時間10分
- 文字数
- 34,512字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 俳諧師の蘿月は今戸に住む妹のお豊を訪ね、甥の長吉と幼馴染のお糸の仲を案じる話を聞く。
- お糸は葭町の芸者屋へ移る。取り残された長吉は学校を休んで町をさまようようになる。
- 芝居に心を慰めた長吉は役者になりたいと言い出す。困り果てた母は蘿月に説得を頼みに行く。
登場人物
- 蘿月
- 俳諧師で、お豊の兄。小石川の質屋の跡取りだったが、道楽が過ぎて勘当された。
- お豊
- 蘿月の妹。今戸で常磐津の師匠をしながら、一人息子の長吉を大学校へ入れようとしている。
- 長吉
- お豊の一人息子で十八歳。中学校に通っているが、学問よりも三味線や芝居に心が向いている。
- お糸
- 長吉の幼馴染で、煎餅屋の娘。十六歳で葭町の芸者屋へ行くことが決まっている。
- 吉さん
- 長吉の小学校時代の友達で、もとは床屋の若衆。いまは玉水三郎の名で新俳優になっている。
- お滝
- 蘿月の女房。もとは吉原の華魁だった。
読みどころ
幼馴染のお糸が芸者になり、ひとり取り残される少年の物語だ。長吉はお糸を引き止めたいと思いながら、自分にはその力がないと知っている。母が望む学問の道にも、好きな芸の道にも進めない。人は大人になるにつれて幸福を失っていく。長吉のこの実感が、季節が移るごとに少しずつ重くなる。
読むときは隅田川と、そのまわりの町の景色に目を向けたい。夏の終わりの満月、秋の長雨、冬の夜明けのランプ、春の花見と、季節が変わるたびに長吉の心も揺れる。今戸橋でお糸を待つ夜の月は、のちに芝居小屋の舞台の月と重なる。宮戸座で十六夜と清心の芝居を見る場面を読むと、長吉が芸の道に惹かれる理由がよく分かる。語り手は長吉だけでなく、伯父の蘿月や母のお豊の胸の内も描き、それぞれの言い分を並べて見せる。
永井荷風は西洋から帰国した翌年にこの作品を書き、明治四十二年十二月の『新小説』に発表した。後年の序で荷風は、作中の景色を人物と同じか、それ以上に大事に扱ったと書いている。消えていく古い東京の名残を惜しむ気持ちは、景色の書き方のすみずみに表れている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
蘿月は訪ねてきた長吉に、もう一年辛抱して今の学校を卒業するよう意見する。長吉は頷くだけで返事をせず、橋の上で伯父と別れる。蘿月は長吉の望みも悪いとは思えず、板ばさみのまま、その場かぎりの気休めを言ったのだった。頼みにしていた伯父にも望みを退けられた長吉は、本所の貧しい街をあてもなく歩く。中郷竹町の表札を見て『梅暦』を思い出し、しばらく現実の苦しみを忘れる。
春の末の大雨で、千束町のあたりに水が出る。数日後に蘿月が見舞いに行くと、長吉が釣台で本所の避病院へ送られるところだった。初袷の薄着で泥水の中を夜遅くまで歩き、腸窒扶斯になったのである。
留守番に残された蘿月は、長吉の二階でお糸の写真と書きかけの手紙を見つける。手紙には、役者になる望みもかなわず、病気にでもなって死ねばよいと書いてあった。蘿月は長吉がわざと病気になったように感じ、心にもない意見をしたことを悔やむ。長吉を役者にしてお糸と添わせようと決め、「長吉、安心しろ。乃公がついているんだぞ」と心に叫ぶところで物語は終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日