うつくしいむら
美しい村
- 読了時間
- 約1時間26分
- 文字数
- 42,593字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)1933(昭和8)年6月25日、美しい村「改造」1933(昭和8)年10月号、夏「文藝春秋」1933(昭和8)年10月号、暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」1934(昭和9)年3月18日号
三行でいうと
- 病院生活のあと仕事を取り戻そうと、私は季節前の六月に、少年時の思い出が詰まった高原の村へ一人で来る。
- 見棄てられたヴィラや野薔薇の生墻を歩くうちに、私は二人の老嬢を描く牧歌的な物語を書き始める。
- 夏が近づくころ、絵を描く背の高い少女が宿の別館に来る。私は村を去る日を一日ずつ延ばしていく。
登場人物
- 私
- 長い病院生活のあと、仕事をするために六月の高原の村へ来て宿の離れに滞在する書き手。
- 少女
- 黄いろい麦藁帽子をかぶった背の高い少女で、宿の別館に泊まり、毎朝絵具箱を提げて絵を描きに出る。
- レエノルズ博士
- 四十年近く村に住み、看護婦を相手にサナトリウムを営む外国人の老医師。
- 爺や
- 宿の老人で、細木さんの別荘の庭に羊歯を植えておくよう頼まれている。
- セエモオル
- 昔、お天狗様の丘のヴィラで毎夏を過ごしていた二人の老嬢の一人。
読みどころ
私は最近の恋愛の苦しみをそのまま小説にするつもりで村に来る。だが花の咲く初夏の田舎で暮らすうちに、その主題が無意味に思えてくる。代わりに書こうとするのは、季節はずれの村を背景にした古い絵のような物語である。物語を探す日々のなかで、私の暗い半身は明るい半身に少しずつ負けていく。そこへ一人の少女が現れ、私が過ごす夏そのものが変わり始める。
筋らしい筋は少なく、読みどころは私の目に映るものの細部にある。霧の中で野薔薇に身をかがめる人影や、赤い屋根を転がり落ちる二羽の小鳥を、私は書きかけの物語に取り込もうとする。副題には「小遁走曲」とあり、作中では雨の晴れ間にバッハの遁走曲の稽古が聞こえてくる。私は同じ旋律を繰り返しながら展開する曲に、小説に悩む自分を重ねる。野薔薇や白い柵が何度も姿を変えて出てくるので、そこを追って読むと組み立てが見えてくる。
作品は「あなた」に宛てた手紙の序曲から始まる。そのあと「美しい村」「夏」「暗い道」の三つの章が続く。作中で私が書く物語の題も『美しい村』で、書かれている小説と書いている私の日々が重なる作りになっている。私は『クレエヴ公爵夫人』や『アドルフ』といったフランスの古い小説を引き合いに出しながら、自分の書き方を探る。堀辰雄には『聖家族』『風立ちぬ』などの作品があり、本作もその静かで細やかな文章で読ませる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
夏の初め、私の窓から見える別館の窓ぎわに、黄いろい麦藁帽子の少女が現れる。離れの修繕が始まり、私は別館へ移る。少女の父が発ったあとは、ほかに客のいない別館で二人だけの暮らしになる。私は手製の村の地図で絵になる場所を教え、二人は少しずつ打ち解けていく。七月半ばを過ぎて物語『美しい村』を書き上げても、私は少女のために出発を延ばし続ける。少女に話しかけるベレ帽の画家が気になって沈黙したあと、私は夢中で少女の腕をとる。村には避暑客が入り込み、サナトリウムの土手を十台ほどの塵芥車が通っていく。
ある夕食後、私は少女を見棄てられたヴィラへ案内しかけて途中で引き返し、暗い山径で道に迷う。昔の女友達の一家が来ている別荘の白い柵の前を通ることになるが、私は思ったより平静に通り過ぎる。水車場の跡に出たところで、本通りから女友達らしい人影が来るのを見て引き返す。そこで懐中電気を手にした学生時代からの友人と、その若い妻君や妹たちに出会う。
私は一行を自分のところへ寄るよう誘い、暗い坂道を一人で先に降りる。友人の妻君がこんな道は知らなかったと言うのが聞こえ、私は彼女も数年前この坂で出会った少女たちの一人だったと思い出す。最後に降りてきた少女が足を滑らせて坂の中途に倒れる。私はその場から動かず、毎朝この坂を通る足の不自由な花売りのことを考え出している。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日